Gartner Column:第32回 とんでもない技術予測で恥をかかないためには

【国内記事】2002.01.28

「パソコンのメモリは640Kバイトもあればあらゆる用途に十分だ」――1981年のビル・ゲイツ発言だ。「家庭でコンピュータを使いたがる人がいるとは思えない」――こちらは,1977年のケン・オルソン(当時DEC社CEO)の発言である。これらの発言は,テクノロジーの進化に飛躍がある時の将来予測がいかに難しいかを表している。

 ソフトウェアビジネスの基本は,ソフトウェアの機能を次々と強化していく(結果として,必要とされるハードウェア資源も増大させていく)ことで,ユーザーにバージョンアップの必要性を生じさせ,収益源を確保することにある。言うまでもなく,ビル・ゲイツは,このようなビジネスモデルをパソコンの世界で最も初期から行っていた人物のひとりであり,そして,最も成功した人物と言ってよいだろう。

 ケン・オルソン氏は,史上最も成功したミニコンピュータであるVAXにより,企業の情報システム部門が占有していた情報を,部門レベルのスタッフが自由に活用することを可能にした,いわば,エンドユーザーコンピューティングの考え方の先駆者である。

 このように革命の当事者であっても,自分自身が推進している革命の行き先が読めないことが往々にしてある。歴史的に見ても,ITに限らず,革新的なテクノロジーが生まれた時には,その革新性が当初は理解されず,(後になって振り返ってみれば)的はずれな予測が生まれるものなのだ……。

 一般的に,技術の将来予測を行う際に最も気を付けなければいけないのは,ハイプの存在だ。第9回で解説したハイプ曲線を使用するまでもなく,何か新しいテクノロジーが出現したときには,ほぼ確実に間もなくハイプによる過大評価の時期が訪れる。

 ハイプの時期に典型的に起きる現象がテクノロジー主導型の考え方だ。つまり,人々が欲しているかどうかにかかわらず,先進的テクノロジーだから普及するはずであり,テクノロジーが普及さえすれば,人々の役に立つはずだという手段と目的の取り違え思想である。

 例えば,先日のテレビ番組での話だが,「IT革命で教育にどのような改革がもたらされるのか?」という質問に対して,某経済財政担当大臣は「各学校にLANが引けるようになる」と回答していた。これは,本末転倒議論の最たるものだろう。

 しかしながら,このような教訓に学んで,テクノロジープッシュではなくデマンドプルの局面だけを見ていると,特に,テクノロジーが激変している時には,先を見誤ることがある。コラム冒頭に挙げた発言の例がまさにこれだ。

 仮に,1977年に一般消費者に対する調査を行って,将来的に家でコンピュータを使いたいかと尋ねても肯定的な回答を行う者はわずかだっただろう。なぜなら,その当時のPCがあまりに非力かつ高価格であり,とても現実的な仕事を任せられそうには思えなかったこと,そして,そもそも一般消費者には家でコンピュータを使うという全く新たなライフスタイルが想像できなかったであろうからだ。

 このため,冒頭の発言に関して,オルソン氏に先見の明がなかったと批判するのは酷だろう。

 いわば,テクノロジーの将来的な価値を過小評価してしまう逆ハイプにも気を付ける必要があるわけだ。敢えて身内の恥を言えば,ガートナーを含むあらゆる調査会社が1995年以前にはインターネットがビジネスに,そして,社会に与える影響を過小評価していたのである。

 ブロードバンドを例に取ってみよう。今,明らかに,日本はブロードバンドハイプの時期にあると言ってよいだろう。先の大臣の発言ではないが,高速ネットワーク,IPv6などのテクノロジーさえ用意しておけば,後は自動的に問題が解決されるかのような論調が跋扈している。

 これが正しくないのは明らかだ。しかし逆に,国民が求めていないから,このようなテクノロジーは不要だという論も正しいとは言えないだろう。

 例えば,NetWorld + Interop 2001 Tokyoにおける村井純慶応大教授の発言である「ワイパーにIPアドレスを持たせることで,各自動車のワイパーの稼働状況を把握して天気予報を行う」という発言を例にとってみよう。

 現時点で考えるとずいぶん突拍子もないアイデアに思えるだろうし,仮に,今,一般消費者にこのようなサービスに魅力を感じるかというサーベイを行っても,結果は否定的なものとなるだろう。

 しかし,自動車の1台1台がひとつのIPを持つようになるのは,個人的には,そう遠い先の話ではないと思う。そうなれば,ETC,カーナビ,IP電話,車両保守情報の転送などに付随するサービスとして,このような利用法ができてもおかしくはない(もちろん,車のワイパーを監視するよりも,例えば,携帯電話の基地局などを利用してセンサーを多数の箇所に設置した方が話が早いのではという議論はあるかもしれないが)。

 テクノロジーが不連続に発展していく時において,未来を読むためには,データだけを読んでいても十分ではない,幾ばくかのビジョンが必要となるのである。そして,このようなビジョンをどれだけ蓄積しているか,そして,それがどの程度正しいのかが,調査会社の腕の見せ所となってくるわけだ。

[栗原 潔ガートナージャパン]