Gartner Column:第37回 日本の電子政府はCRMの反面教師?

【国内記事】 2002.3.04

「米国は進んでおり,日本は遅れている」というステレオタイプな話は,あまりしたくない。しかし,こと行政ポータルという点では,日本の電子政府プロジェクトは米国と比較してまだまだのようだ。

 最近あるプロジェクトの調査で米国の行政ポータル「FirstGov」を使用してみて,結構出来がよいことに感心した。それに比較して,わが国の行政ポータル「e-Gov」はかなり見劣りすると言わざるを得ない。

 両者をCRMという観点から比較してみるのは面白いかもしれない。電子政府においては顧客とはもちろん国民のことである。電子政府の目的のひとつが国民の利便性向上であるならば,当然CRMの要素があってしかるべきだ。

 電子政府のCRMの分析は一般企業のCRMにとっても参考になるのではないだろうか? 残念ながら,今のところ日本の行政ポータルは反面教師としてのみ役立つと言えそうだ。

顧客の立場になって考えられているか

 日米問わず,役所というものは縦割り型であり,無駄が多く,融通が利かないものである。とは言え,米国サイトは,情報整理のやり方でこのような問題を解決しようとしているようだ。トップページは,一般市民向け,企業向け,政府機関従業者向けと大きく分類されており,その下の各項目も,例えば,「住所変更」,「パスポート申請」といったように,提供側の立場ではなく利用者側の立場から考えられている。

 さらに,総合ポータルの下のサブポータルとして,学生向けポータル(www.students.gov),高齢者向けポータル(www.seniors.gov)など,利用者のカテゴリー別の情報提供も行われている。例えば,学生向けポータルでは,奨学金,留学といった,学生関連の情報がまとめられている。これらのサブポータルの「www.students.gov」や「www.seniors.com」という直感的なURLは,利用者が直接アクセスすることを容易にするだろう。

 決して十分とは言えないものの,CRMの重要要件であるワンストップ・サービスが実現されていると言える。

 その一方で,日本サイトでは,一見情報が整理されているように見えるが,その整理は省庁別,つまり,提供者の論理で構成されているに過ぎない。行政の縦割り状態が縦割りのまま利用者に見えてしまっているわけだ。

 例えば,学生向け情報を得ようとしても,奨学金は文部科学省,留学のビザ申請は外務省,国民年金情報は厚生労働省とさまざまなサイトをたらい回しにされることになってしまう。顧客のたらい回しは民間企業のCRMであれば最も行ってはいけないことだだろう。

 検索機能もあまり役に立たない。例えば,結婚したので届けを出そうとしたとして,トップページから「結婚」をキーワードで検索しても,1000件以上がヒットしてしまい必要な情報を見つけることは困難だ。では,「結婚届」をキーワードにするとどうかというと1件もヒットしない。法的に正しい用語は「結婚届」ではなく「婚姻届」だからだ。ここには顧客中心型の発想はほとんど見られないといってよい。

トップのコミットメントはあるか

 米国サイトにはブッシュ大統領のウェルカムメッセージが掲載されている。メッセージ自体はたいした内容ではないが,米国が国家として電子政府にコミットしていることの表れといってよいだろう。

 対応する内容は日本サイトにはない。小泉総理とは言わないまでも,何らかの責任ある立場の人のメッセージがあっても良いのではないだろうか。

 CRMの成功のためにはトップのコミットメントがきわめて重要だ。第16回でも述べたように,CRMとは単なるITの応用ではなく,ビジネスそのものを顧客中心型に変えていくプロセスであるからだ。電子政府においてもその点は同じだ。もちろん,あいさつ文があれば,トップのコミットメントがあると言えるわけではないが,スタート地点としては重要だろう。

顧客のプライバシーを尊重しているか

 数多くの人がアクセスするポータルにおいてはプライバシーに対する配慮は重要だ。ましてや,ポータルの提供元が政府であれば,プライバシーに関する国民の不安を取り除くことは何より重要だろう。

 米国サイトではプライバシーポリシーが明記されている。IPログは取るが,個人を特定できる情報は収拾していないこと,また,個人の情報は本人が自主的に申告した場合のみ収拾し,かつ利用を許可した目的のみに利用することが明記されている。一般的な私企業のWebサイトならば必ず載っているような内容だ。

 日本サイトでは,プライバシーに関する情報は何もない。プライバシーの確保は当然であり,改めて明記するまでもないと考えているのか,政府が国民の情報を黙って収集することなどないことが前提になっているのか,それとも,全く何も考えていないのか。

 FirstGovなどの各省庁間の調停を行うテクノロジーに対して,米国では約2億ドルの基金が割り当てられているらしい。これはかなりの予算のように思えるが,例のインパクに130億円の税金が使われたと聞けば,その一部だけでも行政ポータル・プロジェクトに回せばよかったのにと考えるのは私だけではないだろう。

[栗原 潔ガートナージャパン]