エンタープライズ:トピックス 2002年6月07日更新

Follow Up:オラクルのカリフォルニア疑惑を機会にROIを考える

 オラクルのカリフォルニア疑惑に関しては、ITmediaでも米国報道をフォローする形で、読者の皆さんにお伝えしてきた。今回は、オラクルの主張と州側の主張を比較し、この疑惑をIT投資とROIという側面から見てみたい。両者の主張は非常に興味深く、日本企業がIT投資スタンスを学ぶ好例となるだろう。

 なお、この記事は、すべて米国報道による情報をベースとして書くことをあらかじめお断りしておく。また、ROIという観点で取り上げるため、政治献金や不透明な入札プロセスに関する考察は行わない。ニュースソースが限られているので、仮定が頻出するが、「オラクル対カリフォルニア州」という狭い視点でなく、ホットな素材を使ったIT投資のための考え方として読んでいただければありがたい。

「儲かる」か「儲からない」か

 今回の疑惑でカリフォルニア州の監査人たちは、オラクルのソフトウェアを購入すれば、州が現在より4100万ドル高い出費を強いられる可能性を指摘している。これに対してオラクルは、今後10年間に同州が1億1000万ドル以上のコストを削減できると主張している。オラクルでは、その主張を裏付けるため、以前に同州の監査人を務めていたスタッフを雇い入れているという。

 この契約で、カリフォルニア州が購入するオラクルのソフトウェア価格は9500万ドルだ。このため、オラクルの主張に従えば、同州は今後10年間で、1500万ドルの利益を得られることになる。まずは、これをそのまま信じてみよう。

 この例で、「Pay Back」と呼ばれる投資回収までの期間を単純計算すれば(毎年1100万ドルずつ回収できるとすれば)、8年8カ月かかる。つまり、カリフォルニア州は8年8カ月にわたってソフトウェアを使い続け、投資を回収なければならない。そしてその後、ようやく利益を生み出すためのソフトウェアとしてこの投資が生きてくるのである。

 マウスイヤーとも言われるIT業界にあって、8年は長い期間だ。その間にオラクルも進化するだろうが、新しいテクノロジーは続々と出てくる。そのために、同州がさらなる投資を余儀なくされる可能性は高い。また、ほかのベンダーがオラクル以上の製品を提供する可能性もあり、その結果、投資を回収できないまま、利用するテクノロジーやベンダーを変えた方が効果的になることも考えられる。

 ただ、もう少しオラクルを信じてみよう。オラクルが依然、トップベンダーであり続け、先進テクノロジーを常にサポートし続けるとして、かつ契約の総額が10年で9500万ドルであり、保守・アップグレードなどに伴う費用も含むとすれば、カリフォルニア州は確かに1500万ドル儲かるはず……だろうか?

 忘れてはならないのが、インフレ率、もしくは米国市場金利指標のフェデラル・ファンド・レート(FFレート)である。現在のFFレートは1.75%。健全な銀行なら、FFレートに1%をプラスした金利が適用されるため、2.75%が米国で最も安定運用可能な金利であると考えればよい。

 そこで、カリフォルニア州が米国の健全な銀行に9500万ドルを預金すると仮定しよう。1年複利だと10年後に1億2127万ドル強が返ってくる。オラクルの主張どおりだと、1億1000万ドル強しか返ってこないため、預金によって、オラクルに投資する以上の効果を得られてしまうのだ。

 低金利の日本に当てはめるのは難しいが、オラクルの主張を丸呑みしても、カリフォルニア州が行おうとしたIT投資は預金金利以下の利益しかもたらさないことになる。

既存システムへの投資との差額

 なお、同州は、既にシステムを持っている。そして、システムを持っているということは、それにも投資し続ける必要があるということだ。つまり、オラクル製品を購入しない場合にも投資額がゼロになるわけではない。上記の論証には穴があり、実際には、既存システムへの投資との差額で検証しなければならない。

 州が、ITを使って、年間10億ドルのコストを削減しており、システム投資が毎年540万ドル(9500万ドルの10年契約で4100万ドル高くつくのであれば、毎年540万ドルの投資になる)であるとしよう。オラクルを使えば、投資が950万ドルになり、年間10億1100万ドルのコストを削減できる。この例では、わずか1%強の効果しか出ない。

 しかし、州が現在、年間1000万ドルのコスト削減しか行えていなかった場合はどうか。投資が410万ドル増えるだけで、コスト削減効果は2100万ドルと2倍強になる。同じ1100万ドルでも、大きく変わってくるのである。

 このように、既存システムの実現していることに応じて、コスト削減を達成率で把握しようとすると、同じ1100万ドルのコスト削減でも、大きな違いが出てくる。これは、年間予算に占めるコスト削減の割合に関しても言え、年間予算が100億ドルの組織と3000万ドルの組織では、年間1100万ドルのコスト削減とそれに付随する410万ドルの投資の価値は変わってくるだろう。

 なお、今回は、オラクルの契約の総額が10年で9500万ドルであり、保守・アップグレードなどに伴う費用も含むという前提で検証を進めた。しかし、オラクルの契約でも、保守費用は別途請求される取り決めかもしれない。

インフラ構築に関しては……

 この論争においては、「既存システムより4100万ドルも高くつく」という委員会側の主張も不自然に聞こえる。「動いているからそのままで良い」という感覚では、同州の業務は永遠にさらなる効率化を達成できないし、それは最終的に納税者の負担としてはね返ってくる。

 今回の契約でカリフォルニア州が描いた将来像は、どのようなものだったのだろう。オラクルを基盤として、周辺にさまざまな高付加価値システムを導入する計画だった可能性がある。それは、オラクルが提供するアプリ群だけかもしれないが、細かい機能の豊富さという側面にさえ目をつぶれば、オラクルのアプリケーションがカバーする範囲は広いし、高付加価値を生む製品も多い。

 インフラ構築に対する投資の場合、先行投資として割り切ってしまうケースもある。現状では、社内・組織内だけに閉じたシステムではなく、企業間、組織間を繋ぐためのインフラとしてのシステムが求められており、現行のシステムがあまりにも古く、組織をまたぐインフラとして機能させられないのであれば、今回の契約は、良い先行投資になり得たかもしれない。

理想は成功報酬型契約

 さまざまな側面から契約を見てきたが、既存システムへの投資がゼロであり、かつこの契約がインフラ構築のためでないとした場合、つまり最も単純化した場合に、最も適した契約条件は、950万ドルずつ、年に1度、10年間支払うようにすることだ。それなら、例えシステム構築期間が1年であるとしても、5年以内のPay Backが可能になる(2年目から年間1222万ドル強ずつ投資を回収し、10年で1億1000万ドルの効果を得る計算)。

 カリフォルニア州は、今回の契約を白紙撤回すると報じられている。ただし、契約条件を見直して、再びオラクルと契約することも検討対象とすべきだろう。UNIX分野におけるデータベースベンダーとして、オラクルは依然トップであり、財務状況も信用できる。

 ただし、最後に付け加えておこう。950万ドルずつ、年に1度、10年間支払うようにするという条件で、かつ市場金利が変わらないとする。同条件で銀行に預金していけば、10年後に1億799万ドル強が返ってくる計算になる。ということは、この投資でそれほどの効果は期待できないとも言えるのだ。

 これを防ぐためには、必要なユーザー数以上に契約したとされるライセンスをカットし、かつ成功報酬的な項目を契約条件に織り込むことが望ましい。

 日本では、既にKPMGコンサルティングが契約時に契約総額の80%を受け取り、プロジェクトが成功すれば残りの20%を受け取るという試みを行っている。できれば、契約時に30%、成功後に70%くらいを目安としてほしいが、現状では最も進んでいる企業だろう。

 また、ベンダー側でも、バーンジャパンも先ごろ、これまで人月制だったコンサルティングの価格体系を定額制に移行するなどの動きが出てきた。

 今後、あらゆるベンダーやシステムインテグレーターも、こうした試みに取り組むべきである。それが、顧客満足度の向上に繋がるはずだ。

 ユーザーサイドからの圧力が、それを促すのかもしれない。いわゆる「売って逃げる」営業マンを廃し、IT業界を正しく発展させるため、ユーザー企業には、成功報酬型の契約を求めるアプローチを取ってもらいたい。それが、少しずつ業界を変えていくはずだ。

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[井津元由比古 ,ITmedia]