エンタープライズ:コラム 2002/11/18 21:42:00 更新


Gartner Column:第69回 日本でのCRM普及を目指して(前編)

ガートナーのITデマンド調査室で主席アナリストを務める片山博之氏が、日本でのCRM普及について2回に分けてレポートする。片山氏は、CRMの潜在需要は極めて高いものの、そのROIを測定する手法がまだ確立されていないことが、普及を阻害しているとみている。

 ここ数年、多くのシステムベンダー、インテグレーター、ソフトベンダーがCRM市場に参入しているが、日本でのCRMの普及率はまだ10%に達していない(2002年8月調査)。今後の導入予定状況を見ても、1年前の2001年8月と比べてその比率は3分の1近くに減っている。

 その一方で、CRMの認知度は格段に高まっている。導入予定はないものの、CRMに興味を示す企業ユーザーの比率は逆に1年前の2倍近くになった。つまり、日本において、CRMの潜在需要は極めて高いが、実際に導入に踏み切るユーザーはむしろ減少している、というのが日本のCRM市場の現状だ。この前編でCRMの持つ本来の役割を整理し、後編(12月24日掲載予定)でCRM普及のためのポイントをまとめてみる。

 ビジネス用アプリケーションにはさまざまな種類があるが、目的はすべてが同じではない。電子メールの基本目的は、日常業務におけるビジネスパーソン同士のコミュニケーションを円滑にし、業務プロセスの効率化を促すためのツールだ。電子メールシステムを導入するだけでは、新しい顧客を見つけたり、新しい製品を開発したり、売り上げを増やすことは難しい。もちろん、電子メールと別のシステムを連携させ、新商品のキャンペーンを実施したり、顧客からのフィードバックを求めることで、売り上げの向上を達成できる場合はある。

 ERPパッケージアプリケーションも、基本的には社内業務プロセスを、最も効率の良いベストプラクティスなものに近づけるために導入される。会計システムを国際会計基準に対応させるためにERPパッケージを導入することも少なくない。また、できるだけ無駄を減らして業務効率を上げる目的で、既存業務プロセスの変革(BPR)を実現しようと、ERPパッケージを導入する企業も多い。

 ERPパッケージ導入の主目的は、あくまで業務プロセスの効率化で、売り上げ向上を最優先するものではない。ただ、コスト削減効果により利益が増え、キャッシュフローを増やすことはできる。

 それに対して、CRMの主目的は、ズバリ売り上げの向上だ。優良顧客の満足度を上げ、リテンションレートを高めることで売り上げを高めたり、新しいビジネス機会を見つけ出し、新商品開発、新規顧客を創出することで新たなキャッシュフローを生み出すことを主な目的としている。

 これらのポジショニングを示したのが、下の図だ。

map.gif

 左に位置するアプリケーションは、いわゆる「守り」のITと呼ばれるもので、日常業務の効率化や、特定業務のみのプロセスの合理化、またはコスト削減を主目的とするITだ。一方で、右側に位置するアプリケーションほど「攻め」を意識するITであり、新しいビジネス機会の創出や、企業内の全プロセスを最適化したり、ROI(投資に対する売上比率:投資が生み出す新しいキャッシュフロー比率)向上を目指すITだ。

 ただ、CRMにはたくさんのITがコンポーネントとして含まれる。そのコンポーネント1つひとつがすべて「攻め」のITの位置付けにあるわけではない。

 例えば、CTI(Computer Telephony Integration)技術を利用したコールセンターの主な目的は、電話による顧客からのクレームやリクエスト対応、受注処理の効率化などだ。また、SFA(Sales Force Automation)も営業プロセスの効率化・合理化により、1人当たりの営業の生産性を高めるという目的のITで、「守り」と「攻め」の中間に位置するものとみていいだろう。これら実行系と呼ばれるCRMは、営業プロセスや顧客サポート業務を効率化したり質を上げることが最大の目的で、ROI向上の効果は制限される。

 ただ、これらにBI(Business Intelligence)機能が加わると、位置付けも変化する。データウェアハウス(DWH)と連携したBIツールを利用すれば、既存の顧客の中から、売り上げへの貢献度の高い優良顧客を見つけ出すことができるし、さらに個々の特殊なニーズを満たすサービスを提供できれば、彼らのロイヤルティを高めて、売り上げへの貢献度をさらに高めることができる。

 BIツールを使って変化の激しい市場のニーズを先取りし、新規の製品を開発したり、その売り方においても、最も効率の良いチャネルを使い、最も効果が高まる販売時期やセグメントにフォーカスできれば、競争優位を獲得することが可能になるだろう。

 このように分析系と呼ばれるCRMの1つであるBIツールと実行系CRMを組み合わせ、顧客を中心とした全社戦略のコンポーネントとして利用するのが、ROIを高めることができる真のCRMだ。

 ただ、CRMの問題は、そのROIを測定する手法がまだ確立されていないことだ。企業ユーザーの中で、CRMの効果を数値的に測定できる手法を持っているのは、利用中と利用予定ユーザーの中でも、わずか2%に過ぎない(2002年8月調査)。 潜在需要は高いが、実際に導入を考える企業が少ないのは、この効果測定手法の欠如にも大きな理由がある。ROI向上が目的のCRMで、そのROIが測定できなければ、投資にも消極的にならざるを得ないのだ。

 次回は、日本でCRMを普及させるために、ベンダーが何をすべきかをのポイントをまとめる。

関連リンク
▼Gartner Column:第74回 日本でのCRM普及を目指して(後編)

[片山博之,ガートナージャパン]