エンタープライズ:コラム 2003/03/01 21:48:00 更新


Gartner Column:第81回 地味だが中身は濃かったサンのアナリストカンファレンス

2月下旬、サンが年次アナリストカンファレンスを開催した。向こう1年の同社の戦略が明らかにされる極めて重要なイベントだ。今年は随分と地味になったが、しっかりと「わが道を行くサン」を印象付けた。「サンの道」とはR&Dに強力にコミットした総合システムベンダーということだ。

 2月24日から25日にカリフォルニア州サンフランシスコで開催されたサンのワールドアナリストカンファレンスに参加してきた。ガートナーなどのIT業界アナリスト、証券アナリスト、そして、プレス向けにサンの業績と戦略を公開する極めて重要なイベントである。私はほぼ毎年このイベントに参加しているのだが、今年はかなり地味になったなというのが第一印象である。

 スコット・マクニーリーCEOのスピーチは、例年であれば辛らつなジョークや競合他社を強烈に揶揄するオリジナルビデオ(ここでその内容を紹介するのもはばかられるくらいである)により会場の笑いを誘うのだが、今年はそのような要素もほとんどなく淡々としたものであった。ペンギンのぬいぐるみやiFire(Gartner Column:第34回 アナリストカンファレンス製品発表に見るサンの未来)などの脱力ギャグもなしである。

 マクニーリー氏の重要なメッセージは「戦略とは他社と同じことをしないこと」、つまり、「サンはサンの道を行く」ということである。「サンの道」とはR&Dに強力にコミットした総合システムベンダーということだ。実際、サンの業績は決して好調とはいえないが、売上高に占める研究開発費の割合は上昇している。

 そして、戦略の具体的表明として「サンは何をしないか」が説明された。他社テクノロジーの再販事業をしない、Linuxへの全面的コミットをしない、アウトソーシング事業をしないなど、IBM、ヒューレット・パッカード、デルコンピュータなどの後追いはしないというメッセージである。

 また、サンの将来についてプレスや証券アナリストは皮相的な見方しかしていないと苦言を呈した。サンのキャッシュフローはプラス(つまり、通常業務だけを見れば黒字)であり、現金資産はバブル期と同等であると述べた。昨年の米ガートナーのシンポジウムにおける「Earining is an opinion, cash is the fact.」(利益は“財務担当者の”意見に過ぎず、キャッシュこそが真実)という同氏の発言を思い出した。

 では、具体的な発表内容としては何があったのだろうか? 一見、今年は特に大きなものはなかったように見える。ハードでは既に発表済みのブレードサーバくらいだろう。しかし、地味ではあるもののサンの将来の方向性を示す重要な発表が行われた。恐らく、プレス的にはあまり面白い発表ではなかったかもしれないが、アナリスト的にはなかなか興味深いものがあったのである。

 まず、昨年のアナリストカンファレンスで発表されて以来、コンセプトが先行している感が強かった「N1」(Gartner Column:第35回 サンの「Next Big Thing」は古くて新しいテクノロジー)の具体的製品である「N1 Provisioning Server」が発表された(正確に言えば米国ではカンファレンスの直前に発表されている)。これは、サンが昨年11月に買収したテラスプリングスのテクノロジーに基づいており、ブレードサーバの動的な構成変更を管理する製品である。

 そして、ソフトウェアの分野ではプロジェクトOrionが発表された。これはテクノロジーというよりもソフトウェアの販売プラクティスの変更に関する発表である。つまり、Sun ONE(そして、N1)のソフトウェアスタックを、製品ごとにばらばらにリリースするのではなく、SolarisおよびLinuxと完全に統合テストされた形で四半期ごとに出荷するというものである(すべてのソフトウェアが四半期ごとにバージョンアップされるというわけではない)。もちろん、ユーザーはすべてのソフトウェアを購入させられるというわけではなく、使用率などに基づいた妥当な価格体系が提供されるようだ。「Orion」(神話における猟師)には、ユーザーのソフトウェア管理の複雑性を破壊する弓を持つ者という意味が込められているそうである。

 プロセッサテクノロジーの領域では、スループットコンピューティングというコンセプトが発表された。できるだけ多くのスレッドを同時並行稼働させることで処理能力を向上させるという考え方だ。その重要要素としてCMT(Chip Multithreading)が発表された。これは、1つのプロセッサで同時に複数のスレッドを処理することで、あたかも複数の仮想プロセッサが存在するかのようし、並列度を向上するテクノロジーである。

 さらに重要な発表として、このスループットコンピューティングに基づいたSPARCの今後の具体的ロードマップが示された。ここ数年間、サンはSPARCプロセッサの将来計画をほとんど公表しておらず、それが、SPARCの将来性に関する不安を掻き立てている状態となっていたが。今回の発表で、この問題はかなり緩和されたと思う。インテルに次ぐ規模のプロセッサ設計チームを有し、プロセッサベンチャー経営の経験を持つ現実的なリーダーであるデビッド・イエン氏が開発総責任者となったことで、SPARCの将来はかなり明るくなったと言えるだろう。

 では、これらの発表が極めて革新的なものかというとそうとも言えない。N1 Provisioning Serverは、HPのUDC(Gartner Column:第72回 Utility Datacenterのデモにはちょっとびっくりさせられた)の簡易版(価格もかなり安いが)のような製品である(これは、両製品ともテラスプリングスのテクノロジーを利用していることから当然である)。

 プロジェクトOrionは、統合された上位ソフトをOSとバンドルして出荷すると言う点で、マイクロソフトのソフトウェア販売形態に類似している。そして、CMTはインテルのハイパースレッディングに類似している(実装面ではいろいろと独自の点があるようだが……)。

 ただし、顧客の当面の問題を解決するという点では、これらの発表は適切なものと言えるだろう。今回のカンファレンスでは、各セッションに必ずVOC(Voice of Customers)という項目があった。つまり、まずテクノロジーありきではなく、顧客らの要望が何なのか、サンはそれに対して何をできるのかという点からプレゼンテーションが構成されているのである。サンが企業として成熟したと言えるし、ある意味、IBMやHPのプレゼンテーションにかなり似てきたとも言える。

 アグレッシブさが影を潜めた(ように見える)サンの状況は現在の経営環境にふさわしいと言えるだろう。今の状況でも「黙ってサンについて来い」的なイケイケのメッセージを出していたならば、アナリストとしては逆に心配しなければならなかったと思うのだ。

[栗原 潔,ガートナージャパン]