エンタープライズ:コラム 2003/07/22 20:16:00 更新


Gartner Column:第102回 日本においてERPパッケージはまだまだ普及する?

前回はPeopleSoft買収を機にERPについて考えてみたが、米国企業とは多くの点で異なる日本のERP市場は、まだまだ成長の余地がありそうだ。

 米国企業では、4〜6割がなんらかのERPパッケージを導入済み(業界推定値)だと言われている。しかし日本においては、ERPを「複数の業務プロセスを管理できるパッケージ製品(統合業務パッケージ)」と広く定義しても、いまだに21%の普及率しかないのが実情だ(図1)。パッケージライセンス売上額で比較しても、日本は米国市場の15%にも満たない。名目GDP比率では米国の40%を裕に超えているにもかかわらずだ。

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 では、なぜ日本では導入が進まないのか。これは、米国と日本における企業文化や意思決定プロセスの違いを比較するとよく分かる。両者を大雑把に見ると以下のような傾向が浮き出てくる。

 米国においては、意思決定はトップダウンで決められることが多く、しかもその決定事項は全社的な戦略で、かつ改革志向のものが多く含まれる。一方で、日本企業では、ボトムアップのプロセスで現場を重視し、改良をベースにした決定がなされることが多い。

 すなわち、日本企業の多くは、何かしらの変化を導入するときも、現場の意見を聞きながら、下から少しずつ改良していくという経営文化を持っているということだ。しかも、そのプロセスは、米国企業のように機械的でドラスティックでなく、柔軟ではあるけれど、常に曖昧さ(例外など)を残しながらのプロセスだ。

 また、米国では転職というのが日常茶飯事で、人材の流動性は非常に高く、さらにM&Aや戦略提携も盛んだ。インターネットを使っての不特定多数との取引も日本より遥かに多いだろう。これらは、明らかに業務プロセスの共通化を促進する要因になる。

 一方、日本では依然として終身雇用を維持する企業が多く、しかもM&Aや戦略提携は米国に比べて遥かに少ない。系列関係が今も重視されている。そうなると、個々の企業内の業務プロセスや企業文化は完全に閉じた形で独自なものを持つことになる。これはシステムも閉じたものが増える要因となり、カスタマイズのシステム開発が米国に比べて多いのもこのような理由からだ。

 このように、米国企業では業務プロセスに元々共通した部分が多く、比較的パッケージを導入しやすかった。しかし、日本ではカスタマイズせずには、従来の業務プロセスを維持できなくなるので、なかなか導入が進まなかった。カスタマイズをするということは、ERPの利用に必要以上のコストを生じさせるからだ。そして、業務プロセスを完全に変革して、もっと効率的で効果的な新しい企業に一気に生まれ変わろうと考える日本企業は少なかった。

 しかし最近になって、このような日本の企業用に、日本の商慣習(例えば、例外処理や実際原価算出のプロセスなど)を考慮することで、多くのカスタマイズをしなくても利用できるようにした、比較的低コストのERPパッケージが登場するようになった。富士通やNTTデータなど日本のソフトウェアメーカーが開発した製品がその代表だ。

 さらに、ユーザーにしてみれば、個別仕様への対応についても、柔軟性があり、気軽に要望を聞いてくれる日本のベンダーの方に委託もしやすいだろう。人間関係重視の日本の企業文化に則した需要だ。

 おかげで、価格が高くて、自身の業務にそぐわないため導入を躊躇していた比較的中堅や中小企業での利用も進むようになってきた。その市場でシェアを伸ばしているのが富士通だ(Gartner Column:第99回 OracleによるPeopleSoft買収が日本のERP市場に与える影響は?)。

 また、先ほどの図1を見ても、大規模企業では、中規模企業に比べて普及率は大きく、それはベンダーにとって新規ユーザー獲得の機会も小さくなっていることを意味する。したがって、多くのERPベンダーは中規模企業にも目を向け始めているというわけだ。

 しかし、SAPやOracleなど先進的なERPベンダーは、大規模企業からの追加需要(アップセリング)を忘れているわけではない。ERPもここ数年で大きく変化し、CRMやSCMの機能を取り込むと同時に、ネットを経由した企業間連携機能も強化しつつある。これは、ERPをより洗練されたビジネスアプリケーションパッケージにするだけでなく、飽和状態にある大規模企業からの追加需要を促すものでもある。さらに大規模企業に拡張された機能を持つERPを導入できれば、同じ製品を、その系列企業群にも奨めやすくなるだろう。

 まとめると、日本のERPパッケージ市場(もうERPという言葉は適さないかもしれないが)は以下の理由からまだまだ拡大の余地はあるといっていいだろう。

1. 日本の商慣習に合わせた機能を取り込み、比較的低価格化を実現した日本製パッケージ製品の登場と、

2. それに追随するかのように代表的な欧米のメーカーも中規模企業向けの低価格製品を出し始めたこと、

3. また、大規模企業からの追加需要も引き出すような洗練されたビジネスアプリケーションパッケージが登場したこと、

4. さらには、景況の回復が遅れる中で、日本企業が、欧米流の経営スタイルを部分的、あるいは多くの部分で取り入れ始めたこと、

 などから、米国ほどにはならなくても、ERPパッケージを利用する企業は徐々に増え、市場規模も拡大するだろう。

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[片山博之,ガートナージャパン]