エンタープライズ:コラム 2003/06/30 21:53:00 更新


Gartner Column:第99回 OracleによるPeopleSoft買収が日本のERP市場に与える影響は?

OracleによるPeopleSoft買収がもし成功すれば、世界シェアでは首位のSAPを追いかける第2位の地位を確保する力となるが、商慣習の違いから国内メーカーが強い日本市場においてはどうだろうか?

 6月6日に発表されたOracleによるPeopleSoftの買収提案は、いまだに最終的な決着がついておらず、ビジネスアプリケーション業界に大きな波紋をもたらしている。もし成功すれば、OracleのERPパッケージ市場での世界シェアはトップのSAPに近づき、第2位というポジションのキープは容易になるだろう。では日本においてはどうだろうか。

 本題に行く前に、前回「第96回 OracleやHPによるM&Aは健全か?」の分析をもう少し進めてみよう。M&Aの成功を予想する尺度として、1.相互補完関係、2.企業文化、3.相互の顧客へのメリット、を挙げた。それぞれをOracleによる買収案件に当てはめてみよう。

1.資源に関する相互補完関係

 Oracleにとっての最大のメリットは、PeopleSoftの主力製品である人事管理機能とその顧客であろう。さらにOracleの地位を脅かすPeopleSoftの存在を消滅させることができることもある。しかしPeopleSoft側からは、目に見えるような大きなビジネスメリットは見当たらない。製品体系では重複も多い。

2.企業文化

 OracleはRDBMSでの市場支配力をベースに多くのソフトウェア製品市場に参入してきたベンダーで、一方、PeopleSoftは人事管理機能を中心にしたERP製品を中核事業に、その周辺機能(ERPのほかの機能やCRMなど)を充実させてきたベンダーである。この経緯だけでも企業文化やビジネスルールの違いは明らかであろう。

3.相互の顧客へのメリット

 この買収は、Oracleの顧客にとってはPeopleSoft製品の優れた機能を統合できる可能性が出たので、それなりのメリットはあるかもしれない。しかし、PeopleSoftの顧客にとっては、メリットよりデメリット(サポート体制等の混乱含む)の方が多くなる可能性が高い。

 このように、現時点ではどれをとっても満足の行く説明は難しい。ただ、これらの各要点の問題を緩和できるような買収方法が見つかれば、別の方向性も見えるかもしれない。もちろんこれらは、日本の中でも当てはまるだろう。

 さて、ビジネスアプリケーションの代表であるERPパッケージ市場について、日本の状況を見てみよう。

 下の図は、2003年3月に行ったユーザー調査の結果である。2003年3月時点で利用中のERPパッケージ(統合業務パッケージ)メーカーのユーザー数シェアと、同じパネルから3年以上使用していると答えたユーザーにおけるシェア(2000年3月時点のユーザー数シェアと同義)を比較している。ライセンス売り上げベースのシェアではないので、ライセンス当たりの単価が高いメーカーのシェアは、売り上げベースであればもっと大きな数値を取ることになる。

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 日本においては、商慣習の違いから、欧米のベストプラクティスをベースにしたERPパッケージの利用を躊躇する声も少なくなかった。しかも個々の日本企業は閉じた世界での独自のプロセスを持つ企業も多く、既存のビジネス資源を生かすにはある程度のカスタマイズが必須となる企業も多かった。

 そこに目をつけたのが、日本の商慣習をよく知る日本のメーカーで、個々の独自のプロセスにも合わせられるようにカスタマイズを容易にするパッケージ製品を開発した。さらに欧米のERPパッケージメーカーが大企業のみにターゲットを絞る中、日本企業はその隙間を狙い、中規模企業が導入しやすいような比較的低価格版のパッケージも開発した。

 その結果が、2003年3月時点のユーザー数ベースのシェアであり、3年前のシェアと比べて、日本のメーカー(富士通、NTTデータ、SSJ、住友情報システム、オービックなど)がシェア上位にランキングされ、SAPやOracleのような少し前までは寡占的なポジションにいたメーカーのシェアが減少しているのが分かる。3年前は第2位のポジションにおり、買収騒ぎの家中にいるOracleも、富士通(GLOVIA/GLOVIA-C)の台頭で順位は3位に落ちてしまった。

 仮に、Oracleの買収が成功したとして、日本市場でのシェアがどのように変わるであろうか。

 PeopleSoftのシェアが日本では小さいために、両者を単純に足しても12.8%とそれほど変化はなく順位も変わらない。無理矢理にJ.D. Edwardsのシェア値を加えれば、ようやく順位も変わるが、先に述べたように、現在の条件で買収によって将来単純な足し算通りのシェア値になる可能性は小さい。このため(単に、ライバルのPeopleSoftを削除するのが目的なら成功といえるかもしれないが……)、やはり順位は3位と変わらないであろう。

 実際、過去のどのM&Aでも単純な足し算通りにシェアが増えた例は記憶にない。3位というポジションしかキープできないのであれば、日本における買収効果は、世界ベースで見たときよりも小さいと言わざるを得ない。

 まだ、Oracleによる買収が実現すると決まったわけではないので、日本においてはOracleもPeopleSoftも特別な声明は出していない。ただ、少なくとも、日本での買収効果は世界ベースに比べて小さく、負の効果もあることを考えた場合、より熟慮した戦略策定が必要になるだろう。

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[片山博之,ガートナージャパン]