エンタープライズ:コラム 2003/11/11 18:36:00 更新


Gartner Column:第118回 企業の生き残りには農耕型ビジネスが必要

「HPはコンピュータ会社ではない。プリンタのインク販売会社だ」「IBMはコンピュータ会社ではない。メインフレーム保守サービスの会社だ」。どちらも、数年前にSunが一人勝ち状態だったときのスコット・マクニーリー氏の発言である。現時点で、これらの発言を振り返ってみると興味深い。

「HPはコンピュータ会社ではない。プリンタのインク販売会社だ」「IBMはコンピュータ会社ではない。メインフレーム保守サービスの会社だ」。どちらも、数年前にSunが一人勝ち状態だったときのスコット・マクニーリー氏の発言である。現時点で、これらの発言を振り返ってみると興味深い。

 Sunが一人勝ちのときには、上記の発言には人を納得させるものがあった。しかし、現在、Sunが「一人負け」に近い状態であることを考えると、ITベンダー(そして、さらには一般的な企業)が生き残るための条件についての教訓が、この発言にはあると言えるだろう。

 Hewlett-Packard(HP)がプリンタのインク会社だというのは、同社の財務構造を考えるとあながち間違ってはいない。日本市場の状況からはちょっと想像しにくいが、HPのワールドワイドの収益の3分の1近くをプリンタ部門(IPG)の売り上げが占めている。そして、プリンタビジネスの利益率は極めて高い。この理由は消耗品(インクジェットプリンタのインクカートリッジ)の利益率が極めて高いことにある。今は決して好調とは言えないサーバ事業(ESG)の穴をプリンタ事業が埋めていると言える。

 米HPの某幹部は、「SunがHPをプリンタ会社だと言って揶揄しているのは知っている。しかし、われわれはそれを揶揄ではなく、誉め言葉と捉えている」と話した。確かに、ビジネスへの貢献度という点から言えば、それは正しいだろう。

 IBMに対するマクニーリー氏の発言も間違っているとは言えない。IBMの収益の半分以上が既にサービスビジネスからのものとなっており、サービスの中でも、ハードウェア、特にメインフレームの保守ビジネスの利益率は高いからである。

 かつて、IBMは成長の源泉をサービス、ソフトウェア、テクノロジー(CPUやHDDなどのコンポーネントの他社への提供)に求めていた。その中で、テクノロジービジネスは決して成功したとは言えない。このビジネスは景気の影響を大きく受けるからである。例えば、ディスクドライブ製造事業から撤退せざるを得なかったのはご存じのとおりである。また、ハードウェアビジネスも絶好調というわけではない。しかし、ソフトウェアビジネスとサービスビジネスの利益が、これらのマイナスを補って余りある状態になっているのである。IBMの事業ポートフォリオには隙がない。

 こう考えてみると、Sunが「一人負け」というのはあまり正確ではなく、HPもIBMもサーバビジネスは決して順調ではないのだが、ほかのビジネスで補うことで、企業としては健全性を維持しているということなのだ。

 さらに重要な点は、プリンタの消耗品販売やメインフレーム保守に共通して言えるのは利益率が高いのもさることながら、いったん顧客を得れば、その顧客から長期的に収益を得ることができる「堅いビジネス」であるということだ。フロー型に対するストック型ビジネスということもできるし、狩猟型ビジネスに対する農耕型ビジネスとたとえることができるだろう。

 狩猟型ビジネスは獲物が数多くいるときには極めて好調な結果をもたらすが、いったん獲物が減少したり、他者に取られてしまったりしたときの落ち込みは大きい。ほかの狩場を探すしかない。

 一方で、農耕型ビジネスは、飛躍的成長が見込めない代わりに大きな落ち込みが少なく継続的に利益を得ることができる。結果的に、農耕型ビジネスと狩猟型ビジネスの両方にフォーカスしている企業はリスクへの耐性が高い。

 今日のSunの問題の根は、狩猟型ビジネス(SPARCサーバのハードウェア販売)にフォーカスし過ぎ、かつ、ほかの狩場(Linux、ソフトウェア事業)への移動、および、農耕型ビジネス(サービス事業)への移行も遅れてしまったったことにあると言えるだろう。

 この観点から、Sunの新しいソフトウェア価格体系(第110回 Sunの新戦略はMicrosoft流ではなかったを参照)を考えてみると興味深い。社員一人当たり年間100ドルという価格体系は大幅なディスカウントのように見える(実際、Sunの試算によれば、他社の価格体系と5年間の総コストで比較すれば、ユーザーにとってかなり有利な価格になっている)。しかし、これが、「年間」価格であることに注意してほしい。つまり、ユーザーは継続的にSunにソフトウェア使用料金を払わなければならないのである。これは、Sunの農耕型ビジネスへの転換の手始めと言っていいのではないだろうか。

 ところで、上記の課題は、ライセンスの販売とバージョンアップの収益に依存する一般的なソフトウェアベンダー(例えば、OracleやMicrosoft)にも当てはまる。多くのユーザーがベンダーが期待するほどのペースでバージョンアップを行わなくなってきたからである。

 例えば、マイクロソフトはSA(ソフトウェアアシュアランス)という新しい価格体系(年間使用料の支払いにより、製品のバージョンアップやサービスの提供が包括的に提供される)により、ソフトウェア販売の農耕型ビジネス化を目指しているようだ。ソフトウェアを購買する立場である一般企業にとって、これは注意すべき動向だろう。

[栗原 潔,ガートナージャパン]