エンタープライズ:コラム 2003/11/17 19:19:00 更新


Gartner Column:第119回 これからの10年が面白い日本のビジネスアプリケーション

これまでの10年は、前半は海外製パッケージの評価、後半はその限界の認知と新たなプラクティスの模索が行われてきた。これらかの10年は、日本企業の要求と水準に合致したビジネスアプリケーションを構想し実現するという面白いものになりそうだ。

 前回のコラム(第116回 ナレッジマネジメントを日本で議論する意味とは)で東京大学経済学部の藤本隆宏教授の言われる「すり合わせ」と「組み合わせ」の話を紹介した。今回のコラムもここから出発したいと思う。

 前回は、「すり合わせ」と「組み合わせ」という枠組みがどのような知識を必要としているのかに着目して日本でナレッジマネジメントを議論する意味を考えたわけだが、「すり合わせ」と「組み合わせ」の差が影響を及ぼす範囲は当然ながらもっと広範なものだ。

 下の図をご参照いただきたい。ガートナー ジャパンでは、かねてから「すり合わせ」と「組み合わせ」に近い考え方を、垂直統合と水平統合という言葉を使って議論してきた。図では、垂直統合と水平統合に関する議論を「すり合わせ」「組み合わせ」という見方に重ねてみた。バリューチェーンの構造の差と、それが情報システムのモデルにどのような影響を与えるかを概観したかったのだが、さほど的外れなものでもないだろう。

knowledge.jpg

出典:ガートナー ジャパン


 さて、バリューチェーンモデルの差は、企業活動の支援を行うビジネスアプリケーションやエンタープライズアプリケーションと呼ばれるシステムがどのような性格を持つべきか、という基本的なところに大きく影響してくる問題だと思われる。

 組み合わせ型バリューチェーンモデルのためのビジネスアプリケーションは、明確に定義された機能とインタフェースを持つ部品のアセンブルを管理し最適にコントロールすることを一義的な問題としており、そのためのプロセスとプロセスが必要とするデータを供給するための機能を提供している。さらに、生産拠点の移転や外部化への要求はプロセスとデータが大域的に一意に解釈できるものであることも求めている。今日までに登場した主流のエンタープライズ・アプリケーション・パッケージの大半は、多かれ少なかれこのような精神の下に設計され成長してきたとみていいだろう。

 これに対して、「すり合わせ」型バリューチェーンモデルでは、「"A"と"B"を組み合わせたら"Z"になるけれども、ちょいと乗り心地が悪そうなんで、"B"と"W"の組み合わせで居住性と走行性能をバランスさせましょうか?」などといった行きつ戻りつする過程の中から部品の設計や調達が行われることになるのが一般的だとみられるし、さらに、「ラインから、部品の位置をこうしたらもっと楽に組み立てられるって言われたんで、設計変更して」などといったようなことも起きる可能性が高い。

 このようなインタラクションが多くて自発的な提案や改善活動がいろいろなレベルで起こるような活動は、ビジネスプロセスを精緻にすることだけでは表現しにくいものだと言えるだろう。「すり合わせ」型バリューチェーンを駆動させるためのビジネスアプリケーションは、何が話し合われているのかを一意的に表現するためのデータモデルと、それを基礎とする対話環境の提供に焦点を当てたものとなるのではないだろうか? つまり、管理ではなくイネーブルする環境を目指すものであるべきだと言えるのではないだろうか?

 もっとも現実はここでの議論ほど極端であることは少ない。そのためビジネスアプリケーションの範囲に限ってしまえば現在の主流となっているパッケージが全く使えないという話にはならない。

 しかし、多くのアプリケーションが、それぞれのバリューチェーンモデルが想定している「仕事」モデル、知識生成/蓄積/流通モデル、従業員の振る舞いモデル、外部資源との関係性モデル、そして、企業そのものの振る舞いモデルの差などが、ビジネスアプリケーションのアーキテクチャやエンタープライズアーキテクチャにどのような影響を持ち得るのかに関する議論を経ないまま設計され、拡張されてしまう。そうだとすれば、アプリケーションが、現実の企業活動が要求するものと離れていってしまっても不思議はないだろう。

 「すり合わせ」型バリューチェーンが競争力を維持/拡大し続けるのを支えるビジネスアプリケーションを構想していくことが、日本では必要なはずだ。それは、現時点で正解が知られてはいないという点で、非常に挑戦的な課題であると同時に魅力的な探求になるだろう。ユーザー企業のIT企画関係者と、そのカウンターパートであるベンダー/サービスプロバイダーは、やり方次第ではとてつもなく面白い10年が待っているのだと思う。

 ところで、定期的なコラムとしては今回が最終回になります。長い間、読んでくれた方々にお礼を申し上げます。

 最後に、少々宣伝になりますが、11月19日から3日間、「ガートナー シンポジウム/ITエキスポ」を開催します。是非ご参加ください。今回のコラムに関連したテーマなどについても会場で意見交換などできれば有意義な催し物になるだろうと思います。

関連記事
▼第116回 ナレッジマネジメントを日本で議論する意味とは

[浅井龍男,ガートナージャパン]