News 2002年12月20日 10:16 PM 更新

“無音P4マシン”を可能にする熱輸送技術「ヒートレーン」とは?

空冷ファンが必須で騒音が気になるPentium 4マシンも、ファンレス仕様で静音化できるという巨大CPUクーラーの画期的技術とは?

 巨大なCPUクーラーが、自作PCユーザーの間でちょっとした話題となっている。

 12月5日に発表されたファンレスCPUクーラー「HeatlaneZen CPU Radiator NCU-1000」がそれだ。Pentium 4/2.8GHzまでのファンレス化を可能にしたこのSocket 478対応CPUクーラーの最新テクノロジーと開発経緯について、開発元のティーエスヒートロニクスに聞いた。


ファンレスCPUクーラー「HeatlaneZen CPU Radiator NCU-1000」

 最近のPCは、空冷ファンの音がうるさい。

 半導体部品の稼動中に発生する熱を周囲の冷たい空気に逃がすヒートシンクは、半導体のカタマリであるPCを安定動作させるためには欠かせないパーツだ。“PCの頭脳となる半導体”のCPUにも、当然ヒートシンクが取り付けられている。

 CPUがi486の時代にはこのヒートシンクのみで熱を逃がすことができたが、高性能化に伴って発生する熱も右肩上がりで増えている近年のプロセッサは、ヒートシンクの自然放熱処理だけではとても対処できなくなった。そのため、強制的に風を当ててヒートシンクを冷やす「空冷ファン」が必須となっている。特に、Pentium 4は発熱量も多く、“小型卓上扇風機”というくらい大きな空冷ファンが必要となる。当然、騒音も大きくなるわけだ。

 同社では、発熱量が増大しているプロセッサを効率よく冷やす製品として昨年9月に「CPU Radiator Zen(禅)」というCPUクーラーを発売。これは同社のコンシューマ向け第1弾製品でもあった。


同社のコンシューマ向け第1弾製品「CPU Radiator Zen(禅)」

 同社技術部プロジェクトリーダーの萩原克之氏は「Zenは、高い冷却効果があるCPUクーラーとして各方面から評価が高かったが、究極の冷却性能を求めたため、空冷ファンの音が非常にうるさかった。これはクロックアップしているようなマニア向け製品だったが、もっと広いユーザーに使ってもらうには、CPUクーラーの騒音をいかに少なくするかが課題だった」と語る。

 「CPUクーラーの騒音源である空冷ファンを排除すれば究極の静音PCができるのでは、というのが新製品開発のきっかけ。最近は電源やHDDなども静音化が進んでいるので、最終的には“無音PC”の実現を狙って今年8月頃からファンレスCPUクーラーの開発が始まった」(萩原氏)。

がむしゃらに大きいだけでは、プロセッサは冷えない

 メーカー製PCも最近は「静かなコト」が“売り”になっており、PCの静音化技術が注目されている(別記事を参照)。ただし一方で、Intelをはじめとするプロセッサの熱設計電力(TDP)はどんどん上昇している。

 日立製作所の水冷システムや、低電圧動作で発熱量が少ないVIA TechnologiesのEden ESPといったCPUでない限り、ヒートシンクのみのファンレス仕様は困難になっているのが現状だ。

 素人考えでは、ヒートシンクを大きくして放熱のための面積を広げてやればファンレスは可能なように思える。実際、同社の新製品は高さが143ミリもあり、この“巨大さ”でファンレスを可能にしたかにみえる。


巨大なそのサイズは、リテール品(右)の3倍以上はある

 ヒートシンクは熱伝導率が大きい“金属”で作られている。金属も種類によって熱伝導率の大小があり、熱伝導率が一番大きいのが銀で、次いで銅、金、アルミニウムという順番。銀や金を使うのはコストの面からも難しいため、一般的には安価なアルミニウムを使うケースが多いが、高い放熱効果をうたうCPUクーラーなどでは銅を使った高級品もある。

 「だが、金属材料の熱伝導特性に放熱性能を依存している従来型のヒートシンクでは、表面積を大きくしても金属の持つ熱抵抗によって先端まで熱が届かないため、放熱効果には限界があった。ただがむしゃらに大きいだけでは、プロセッサの温度は下がらない」(萩原氏)。


従来型ヒートシンクの放熱イメージ。端まで熱が伝わらないので放熱効果に限界があった

 今回の新製品は、通常のヒートシンクの3−4倍以上の大きさながら、先端のフィンまでしっかり熱が伝わることで、空冷ファンを使わずにPentium 4の発する高熱を効率よく放熱することができるという。その秘密は、同社のコアテクノロジーである「ヒートレーン技術」だ。

熱を“運んで”“広げる”熱輸送技術「ヒートレーン」

 効率よい放熱には、冷たい空気に当たる面積をできるだけ広げてやることが重要だ。しかし、金属には熱伝導の限界がある。発生した熱をヒートシンクのすみずみまで運ぶためには、別の仕組みが必要となるのだ。

 従来、このような熱輸送技術には、ヒートパイプが多く採用されていた。これは、ウィックと呼ばれる多孔質の網状の素材が入った円柱状のパイプに少量の液体が封入され、片方で熱を加えると蒸気となって他方に移動し、他方で冷やされると液化してウィック経由で元に戻るという対流構造を利用したもの。


ヒートパイプの仕組み

 ヒートパイプは、CPUの近くに空冷ファンや大きなヒートシンクを設置しづらいノートPCの冷却システムに使われているほか、最近はキューブ型など省スペースなPCケースにも採用され始めている。だが、「気化―液化」という仕組みを利用しているため、下から上への熱移動はスムーズだがパイプを横にしたときや上から下への熱移動効率の悪さが課題となっていた。

 同社のヒートレーン技術は、直径1ミリ前後の細管をプレート上に蛇行させ、そこに冷媒(作動液)を循環させるという、従来のヒートパイプなどとはまったく異なる作動原理に基づく熱輸送技術だ。熱抵抗は銅の数十分の一から数百分の一となり、ヒートパイプに比べても約10倍の熱輸送能力を発揮するという。


ヒートレーンの仕組み

 「このヒートレーンプレートをヒートシンクのベースに使用し、それにフィンを取り付けたのが今回の新製品。ヒートレーンプレート自体は熱を運ぶだけだが、非常に熱を伝えやすいというその特性を生かすことで、巨大なヒートシンクでもその隅々まで熱が伝わり、すべてのフィンから効率よく放熱できる」(萩原氏)。


フィンの根元で支柱となっているU字の部分がヒートレーンプレート。下が加工前のもの

 このヒートレーン技術は、発明した同社顧問の赤地久輝氏の名をとって「アカチパイプ」とも呼ばれ、その画期的特徴から世界中の企業や研究機関などから注目されているという。

 「形状の自由度も大きく、“上から下”、“水平”などヒートパイプが不得意な熱輸送も可能。水以外の冷媒を利用できるため、氷点下でも作動する。新製品のヒートレーンプレートにはブタンを使用している。さらに自動車のシャーシ塗装に使われる防錆・耐腐食性に優れた“カチオン電着塗装”で、放熱性が高いといわれる黒色塗装を施した」(萩原氏)。

 さて実際の冷却性能はというと、下記のようなPC条件でさまざまな動作を行い、実用レベルで冷却可能なことを検証済みという。

スペック
CPUPentium 4/2.8GHz
メモリ512Mバイト(DDR SDRAM)
マザーボードGIGABYTE GA-8IEX
OSWindows Me
ベンチマークSuper兀、3D Mark2001
室温20度
ケース電源AOpen Strong Power 400ワット
PCケースファンなし

 ケース電源には空冷ファンが取り付けられているが、最近はファンの直径を大きくして低回転で動作させる静音設計の電源も増えているほか、電源ユニットをPCケースから分離させる製品も登場している。同社のファンレスCPUクーラーにこれら静音パーツを組み合わせることで、かなり“無音”に近いPC環境を構築できるというわけだ。

 ただしとにかく巨大なサイズなので、ある程度横幅のあるミドルタワー以上のPCケースでないと収納できないといった課題もある。「次期バージョンではヒートシンクの横幅を広げて高さを低くしたタイプや、低騒音な空冷ファンを併用して小型にしたものも検討している。シリーズ化してバリエーションを増やしていきたい」(萩原氏)。

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[西坂真人, ITmedia]

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