News | 2003年2月20日 12:32 PM 更新 |
NECと理化学研究所は、結合した2つの固体素子で構成される量子コンピュータにおいて、世界ではじめて「量子絡み合い」を実現することに成功した。英国科学雑誌「Nature」2月20日号で発表した。
量子コンピュータは、現在のコンピュータとは比較にならない破壊的な処理能力を持つ“夢のコンピュータ”だ。その驚異的な処理能力によって、既存方式のコンピュータでは解読に200億年かかるRSA暗号が、数秒にして解読されると言われているほど。しかし、現時点では依然として「遠い未来のコンピュータ」というSF的なイメージで語られることが多い(別記事参照)。
NECと理化学研究所の実験成果は、そんな量子コンピュータの実現に向けて、大きく前進したことを示している。では、それは具体的にどんな意味を持っているのだろうか。
量子コンピュータ実現のための2つの物理的条件
量子コンピュータが実現するための物理的条件として、「量子重なり合い」と「量子絡み合い」と呼ばれる2つの状態を満足させないとならない。このうち量子重なり合い状態は、同じNECと理化学研究所のグループが1999年に、1つの固定素子で構成される量子コンピュータで作り出すことに成功している。
だが、量子重なり合いが成立しただけでは、仮に量子ビットの数が増えてN個になったとしても、扱えるのはN個の独立した情報量にしか過ぎない。ここで「量子絡み合い」状態を実現できると、扱える情報量は2のN乗個となる。量子ビットの増加によって、扱える情報量は指数関数的に増加することになるわけだ。
今回実験で使用された量子コンピュータは下の模式図のように2つの量子ビットによって構成されているが、量子絡み合い状態になることで、それぞれの量子ビットがお互いに影響しあって動作することになる。これによって、コンピュータの基本回路とも言える2ビット論理ゲート(C-NOT動作)が実現するわけだ。この論理ゲートが出来上がれば、あとは多数の論理ゲートを組み合わせることでコンピュータとして基本的な処理ができるようになる。
固定素子による量子絡み合いの実現で集積化の道が開く
現在開発されている量子コンピュータは、NECと理化学研究所が取り組んでいる固定素子を用いる方式のほかに、イオントラップ方式やNMRなど、原子や分子レベルで量子ビットを実現する方式が存在している。
それぞれに長所短所があるが、原子・分子を扱う方式と比べ、アルミ素子で構成される固定素子は集積化が容易である一方、量子状態を維持するのが非常に難しいとされてきた。このような特性をもつ固体素子方式で、「量子重ねあわせ」状態と「量子絡み合い」状態を生み出せたことは、実用量子コンピュータの実現にあたって求められる高集積化への道を開くものと言えるだろう。
この集積化の可能性が見えてきたことと、基本的な2ビット論理ゲートの可能性が見えてきたことが、今回の成功の持つ大きな意味であり、「量子コンピュータ実現へまた一歩大きく前進した」と言えるゆえんだ。
実用量子コンピュータ、そのゴールはまだまだ遠い
大きく一歩前進したものの、しかし、ゴールまでの道のりはまだまだ遠い。今回、実験結果のプレゼンテーションを行ったNECラボラトリーズ基礎研究所主席研究員の蔡 兆申氏も、開発ステップの次の目標である2ビット論理ゲートは「ほぼ完成の見通しがついてきた」と述べているものの、実用レベルの2ビット論理ゲートの完成までには、いくつかの障害があることを認めている。
現時点で最も大きなハードルは、固定素子のデメリットである「短い絡み合い状態」をもっと長く維持できるようにすることだ。現状のナノ秒レベルでは「実用レベルの論理ゲートは到底無理」(蔡主席研究員)であり、少なくともマイクロ秒オーダーまで絡み合い状態を維持できるようにする必要がある。しかし、その解決には「まだ具体的な方法は見つかっていない」(蔡主席研究員)。
頂上までの登山ルートはうっすらと見えてきた。だが、目の前には登はんを拒む、険しい岩壁がそびえたっている。量子コンピュータ実現のために道のりを山登りにたとえると、そんなところだろう。
乗り越えなければならないハードルは、まだとてつもなく高い。
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