News:アンカーデスク | 2003年8月26日 05:52 PM 更新 |
というのも、現在のコンピュータネットワークは、箱モノとしてのコンピューティングパワーをアップさせ、それぞれの箱のコミュニケーションをネットワークで実現する、PC的なアーキテクチャーを基礎にしているからだ。ネットワーク指向のプロセッサが同時並行的に動作し、透過的にネットワークをまたがって仮想コンピュータとして動作する、といったCELLコンピューティングのアーキテクチャーに向いたトポロジーにはなっていない。また、ネットワークレイテンシの問題も無視することはできない。
このことは久夛良木氏も十分に認識している。いきなりインターネットを通じて、世界中のPS3チップをつなげられるわけではない。最初のマイルストーンは、家庭内のネットワークでCELLコンピューティングを実現することだ。
「PCベースのネットワークでCELLコンピューティングを実現する最初のステップは、家庭内のPS3デバイスをピア・ツー・ピアで結ぶことでしょう。家庭内だけであれば広帯域化は容易です。そこに新しい可能性を求めているのは、SCEもインテルもマイクロソフトも同じです。しかし家庭内のデジタルデバイスに関して言えば、ソニーの方がずっと得意ですから、PS3アーキテクチャーが家庭内ネットワークの中に複数存在させるという点ではアドバンテージがあります」(久夛良木氏)
「もちろんケーブル距離で50メートルぐらい、もしくはワイヤレスネットワークになるでしょうから、箱の内部でつながっているのと比べれば、ずっとレイテンシは大きくなりますが、家庭内LAN程度のレイテンシであれば、技術的に隠ぺいすることは容易です」(同)
まずはホームネットワークの中にCELLコンピューティングのアーキテクチャーを実装し、その後にインターネットへとつながっていく。「ISP側が用意するエッジサーバやプロキシが、CELLコンピューティングやグリッドコンピューティングに適応する、次世代PSと同世代の技術になってくれば、家庭からインターネットへとCELLのコミュニケーション範囲を拡大することが可能になります」(久夛良木氏)
CELLのアーキテクチャーはSCE、東芝、そしてIBMが共同で開発に当たっている。特にIBMはCELLに対して強くコミットしていると伝えられている。なぜならSCEが目指す、CELLのエンターテイメントへの利用とは別に、IBMはインターネットを支えるネットワーク機器や各種サーバをCELLで構成しようと考えているからだ。ソニーが家庭内をCELLでつなぎ、IBMがサーバラックの中身をCELLでつなぐ。
またSCE、東芝、IBMのCELLだけでなく、ネットワーク指向のコンピューティングに対応した世代へと、インターネット全体が移行すれば、長期的なスパンではインターネットの中に巨大な仮想現実(同時並行的に動くシミュレーション)が実現するというシナリオだ。
「CELLの世界になれば、現在はソフトウェアのメディアは光ディスクからネットワークになります。コンピュータ自身のトポロジーも変化します。現在の3Dグラフィックと画一的なプログラムで構成されているエンターテイメントを超える、エモーションを表現できる領域に入っていけば、コンピュータは今よりずっと面白いものになるでしょう」(久夛良木氏)
「放送、通信、コミュニケーションも新しい領域に入ります。(窓の向こう側に人がいる感覚でしかコミュニケーションできない)テレビ電話の時代は懐かしくなるはずです。巨大なコンピューティングパワーが、“その場に存在する感覚”を演算で作り出せるようになるからです。映画『マトリックス』のような仮想現実の世界までは行けます。世界中の何億世帯もの家庭がつながれば、地球シミュレータの何万倍、何十万倍のパワーを生み出せる」(同)
「ネットワークのレイテンシを問題視する人もいますが、たとえば電話だって昔は通信距離が長くなると、明らかなレイテンシを感じていました。しかし現在、世界のどこに電話をしてもレイテンシを感じることはありません。それと同じように、自然にコミュニケーションできるネットワークが、将来実現されます」(同)
まだ残る謎にどのように応えるか?
もっとも、細かな技術的ディテールに関しては、まだまだ謎も多い。
もっとも興味深いのは、リアルタイムのCELLコンピューティング環境を、どのようなアーキテクチャーを持つOSで管理するかである。久夛良木氏の言う世界を実現するには、スケーラブルかつネットワークレイテンシを隠蔽するリアルタイムの分散処理環境を実現しなければならない。CELLのOSはSCE、IBM、および大学の研究機関などが開発に当たっている。
また、アプリケーション開発のフレームワークも、従来以上に重要になってくるだろう。システム側のスケーラビリティが向上すれば、その上で動くアプリケーションもスケーラブルになる必要がある。固定されたハードウェア上で動くソフトウェアとは、異なるアプローチが必要だ。
SCEは初代PSにおいて、3Dグラフィックスを用いたゲーム開発の難しさを緩和するため、ハードウェアを隠ぺいし、容易に3D機能にアクセスするためのライブラリを提供することで、まだ3Dゲーム開発に慣れていなかったゲームデベロッパの開発負担を軽減させた。同様にCELLコンピューティングを可能な限り意識させず、そのパワーを活用できる開発フレームワークを提供しなければならなくなるはずだ。
CELLプロセッサ、そしてそれらを結ぶCELLコンピューティングに関しては、ビジョンから現実へと徐々に情報が開示されてきているものの、最終的にエンターテイメントプラットフォームとしての可能性を決定付けるのは、より良いコンテンツが生まれるためのソフトウェア基盤と開発ツールにかかっている。
SCEは初代PSではグラフィックライブラリ経由で3Dハードウェアにアクセスさせた。PS2ではハードウェアから直接パワーを搾り取るアプローチとサードベンダーが提供するミドルウェアを用いた開発手法の両面をサポート。PSPでは新機能へのハードウェアアクセスを制限し、ライブラリ側で制御する初代PSライクな手法を採った。
PS3でも何らかの方法でハードウェアやネットワーク構成を意識させない方法が提供されるだろうが、SCE側が担う負担は大幅に増えるだろう。今回のインタビューにおいては、PS3のPSや開発環境、ツールに関しては触れられなかったが、その部分が明らかになってくれば、PS3上で実現されるだろうソフトウェアの姿が、より具体的になものとして想像できるようになるはずだ。
SCEはまだ残る謎に対して、どのような答えを用意しているのだろうか?
[本田雅一, ITmedia]
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
前のページ | 2/2 | 最初のページ