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iPhone X発表会を林信行が語る それは人類が向かう確かな行き先(1/3 ページ)

「私が進むのはパックが向かう方向、それまであった場所ではない」。iPhone誕生10周年を飾るAppleスペシャルイベントを林信行が振り返る。

 未来の技術を先取りして詰め込んだ「iPhone X」、背面が艶やかなガラス仕上げで無線充電にも対応した「iPhone 8」と「iPhone 8 Plus」、単体での通信通話に対応した「Apple Watch Series 3」、4K 対応の「Apple TV 4K」。今回の新製品といえばこんなところだ。1つ1つについて語れることが山ほどある一方で、既にさまざまな場所に読みきれないほどの情報があふれてもいる。

 だが、これら新製品の特徴を記事に書いてもAppleが意図した発表会の本質からは懸け離れてしまう気がした。そこで新製品の細かな特徴は、他の記事や今後書くであろうレビューに先送りして、筆者が率直に感じた発表会の印象について語ろうと思う。

素晴らしいものを生み続けるAppleという気質

 今回のスペシャルイベントは、Appleの新社屋にある「スティーブ・ジョブズ・シアター」で行われた。待ち時間の間流れていたBGMは往年のCMで使われた曲のオンパレードで、最後にThe Beatlesの「All You Need is Love」。その後、背後にあったシアターの扉が上から降り、「これからしばらく全てのノートパソコンの明かりを暗くしてください」とアナウンスが流れた。

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 スクリーンに浮かぶ「Welcome to Steve Jobs Theater」の白い文字以外はほとんど光のないシアター。突然、ピアノの旋律をバックに懐かしい声が場内に響き渡る。40年前にAppleを創業したスティーブ・ジョブズの声だ。

 人として生き方はいろいろあるが、その1つは、人類へ畏敬の念を込めて、何か素晴らしい物を生み出し、それを世に送り出すという道だ。

 創作物に細心の注意と愛情を注ぐと、そこに何かが込められ伝わっていく。これは我々が人類に大いなる感謝を示す1つの表現方法だ。

 だから、われわれは己に正直であり、自分にとって何が大事かを見極める必要がある。それがAppleをAppleたらしめ、われわれをわれわれたらしめることなのだ。

(筆者による意訳)

ティム・クックCEOはこの日、新社屋にあるスティーブ・ジョブズの名を冠したシアターのオープンを飾るのにジョブズ本人の声以上にふさわしいものはないと語った
ティム・クックCEOは冒頭、ジョブズがこの会社にどんなDNAを残したのか振り返った

 世界を変えたiPhoneの登場から10周年目の新モデル発表会場――この新社屋、アップルパークの建設は、故ジョブズの最後の仕事だった。建設地のクパチーノ市を訪れ、やせ細った体で社屋のプレゼンテーションをしたのは死の4カ月前だった。

 この建物を手掛けたのは、地球環境の未来を見据えた数多くの建築で名を馳せたノーマン・フォスター卿。ジョブズにも大きな影響を与えたであろう「宇宙船地球号」を唱えたバックミンスター・フラーと親しいことでも知られている。

右端がFoster + Partnersの建築家、ノーマン・フォスター卿、その隣がApple最高クリエイティブ責任者、ジョナサン・アイブ氏

 ジョブズの死後、新社屋のプロジェクトは彼以上に環境問題に真剣に取り組むティム・クックCEOに引き継がれ、屋上の全面太陽光パネル化などの案が加えられた。最終的な社屋はまだ一部建造中だが、広大な敷地に降り注ぐ太陽光のエネルギーや、シリコンバレーの山脈から駆け抜けてくる空気の流れる道筋までも考慮に入れた、極めてエネルギー効率の高い建築物となっている。

 薄いボディーなのに高性能なiMacやMacBookの放熱設計も、巨大な新社屋の熱の流れも、同様に細部まで注意を払って妥協せず形にする。さらにただ課題を解決したり、要件を満たしたりするだけではなく、せっかく世の中に送り出すのであれば、見た目にも美しいモノに仕上げようと最善を尽くす――これはジョブズを失っても変わらないAppleという会社の気質なのだろう。

Appleの新社屋は緑にあふれている。故スティーブ・ジョブズはこうした緑の中を散歩したり土いじりをするのが好きだったようで、ネクスト創業時のビデオにもちょうどこんな丘で土いじりをしているジョブズの映像が残っている

 今回の発表でも、iPhone 8シリーズのガラスで置き換わった艶やかな背面の美しさには息を飲んだし、True Tone対応など表示の美しさを向上したディスプレイや、さらに美しさに磨きをかけたカメラのサンプル写真と4K映像を見て、iPhone 7シリーズからの大きな飛躍を感じた。

 同製品を「iPhone 7s」シリーズではなく、「iPhone 8」と呼んだ理由にも十分納得ができたし、それだけで発表会が終わってももはや十分に思えた(特にPlusのデュアルレンズを使った写真加工技術には度肝を抜かれた)。恐らく今回の発表内容が、このiPhone 8だけだったとしても十分に大きな話題を作れたことだろう。

iPhone 8シリーズ。iPhone 7に形は似ているが背面がガラスになり、ワイヤレス充電に対応した他、カメラ機能なども大幅に進化している

 しかし、iPhone生誕10周年目のイベントと言うことでAppleも力が入ったのだろう。iPhone 8に加えて、これまでのiPhoneから大きく飛躍したiPhone Xも同時に発表することとなった。

 iPhone Xは、確かにiPhone 8を上回る大きな飛躍で、8ですらできない楽しみ方も満載され、それでいて女性用のアクセサリーかビューティー用品のような艶やかさがあり、こちらもまた美しい。

デュアルレンズのiPhone 8 PlusやiPhone Xでβ版機能として提供されているポートレイトライトでは、被写体をAIで分析しスタジオ撮影風の照明効果を加えてくれる

 実際、iPhone 8の発表中はほとんどの取材者が歓声を上げていたはずなのに、いざ発表会が終わると「少しでも新しいものを」とまるでiPhone 8を旧製品のように扱ってiPhone Xばかりに殺到しているのを見て少し残念な気がした(もっとも、発売が先な分、この機会を逃すとしばらく見る機会がないという側面は筆者もよく分かる)。

iPhone X、顔認証技術、Face IDはじめ数多くの新しいポテンシャルを切り開きそうな技術が詰め込まれている今回、注目の次世代iPhone

 世界を変えたiPhoneも10年がたち、現在、利用者は世界で7億人いると言われている。ここまでの規模になると、お金に糸目をつけずに最先端のものを追い求める人もいれば、これまでのペースの進化が心地よいと思う人も出てくる。

 広がるユーザーベースをカバーするため、カラーバリエーションを用意したiPhone 5cや、小さい画面サイズのiPhone SEなど、機能・性能・大型の波に逆流するような形でのバリエーションを出すことはこれまでにも何度かあった。しかし今回は“攻めの進化”の上に、さらなる“攻めの飛躍”を重ねる、iPhoneとしてはかつてない2モデル同時発表のイベントで、その意味ではAppleの新しい側面が見られた気もする。

 そんなことを考えているうちに、私は今回のAppleスペシャルイベントで本当に注目すべきは、個々の製品以上に、創業者スティーブ・ジョブズの精神は引き継ぎつつも、ジョブズの時代ならなかったであろう新たな挑戦にも乗り出した「新生Appleの在り方」そのものだったのではないかと思えた。

 新生Apple――その伝統と革新の両側面を、私流に分析してみたい。

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