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» 2013年08月27日 10時00分 UPDATE

エプソンダイレクト20周年記念インタビュー:歴代開発担当が語る20年「あのマシンで思い出す あの日は、とても、アツかった」 (1/5)

2013年11月に創業20年を迎える国内BTO対応PCメーカー「エプソンダイレクト」。市内電話網をパンクさせた第一号機、「ホワイトボックス」と言われたあの日、実は存在した「フル独自設計の超軽量モバイルノート」……。エプソンダイレクトの知られざる20年の軌跡・功績、胸アツな苦労話を製品担当者に聞いた。

[PR/ITmedia]

エプソンダイレクト20周年記念インタビュー

 エプソンダイレクトは2013年11月で創立20周年を迎える。20年前(1993年11月)というと、OSはまだWindows 3.1の時代。日本ではCompaq(コンパック/現Hewlett-Packard)の参入をきっかけにPC/AT互換機(いわゆるDOS/V機)の価格が下落し、Windows 95の登場後のPC/インターネットブームに向かう嵐の前の静けさ……爆発のエネルギーが蓄積されていたような時期だった。

 それから20年、Windows 95の発売をきっかけとしたPC隆盛期を経て、2013年現在のPC市場は成熟期に入っている。前述したCompaqはHewlett-Packardに買収(2002年)され、IBMもPC事業をLenovoに売却して撤退(2004年)するなど、業界の編成が変わっていく中でも、同社は独自のスタイルを守り続けてきたことに少し驚きはないだろうか。

 そんなエプソンダイレクトの20年、どんなマシンがあったか。今回は製品開発の頭脳となるエプソンダイレクト技術部の歴代スタッフを迎え「中でも個人的に思い入れの強かったモデル」を語ってもらおう。

photo エプソンダイレクトの歴代モデル担当・技術チーム

市内の電話網をパンクさせた初代機「Endeavor AT-1000」

ITmedia 設立20周年おめでとうございます。事前資料として改めて「20年のニュースリリース内容一覧」を拝見しましたが、なんともこみ上げる懐かしさがありますね。

photo エプソンダイレクトが20年変わらず持ち続けてきたポリシーを語っていただいた事業推進部部長の栗林治夫氏。終始柔和な表情で穏やかな語り口だがその言葉は力強く、同社の歩みに対する自信と誇りが伺えた

エプソンダイレクト 事業推進部部長の栗林治夫氏(以下、栗林氏) ありがとうございます。エプソングループ全体でのPC事業としては30数年の歴史があります(※)が、エプソンダイレクトとしても20周年という1つの区切りを迎えることができました。

 価格競争が厳しい業界ではありますが「日本品質でお客様に安心をお届けする」「エプソンブランドとしてのメーカー品質を担保する」、そして「最先端の技術を反映した製品を提供し、喜びを感じてもらう」、この3点は20年間変わらずに続けているつもりです。

 (※セイコーエプソンはかつて国民機と呼ばれたNEC PC-9800シリーズの互換機「EPSON PC」シリーズを1987年〜1995年まで製造していた)

photo エプソンダイレクトの第1号機「Endeavor AT-1000」

ITmedia エプソンダイレクトの第1号機は「Endeavor AT-1000」(1994年1月発売)でした。パーソナルコンピュータの黎明期よりPC-9800互換機の製造販売などで活躍してきたエプソングループが、PC/AT互換機を直販で売る……相当なインパクトがあったと思います。当時の反響はいかがでしたか?

エプソンダイレクト 技術部部長の溝口英敏氏(以下、溝口氏) 正直なところを言いますと人員異動・昇進などの理由で、20年前のことを知っている者はこの中にはいません。誰かいないかと社内で掛け合ってみたところ、社長の吉崎(※)しかいませんでした(笑)。

 吉崎によれば、新聞広告などで大々的に告知したわけではなく、当時の代表が、あるテレビ番組でぽろっと漏らしたひと言がきっかけで電話が殺到し、大騒ぎ。設立まもなく電話番号もまだ告知していない段階でしたので、エプソンと名のつくグループ・事業所全部にひっきりなしに電話がかかってくる事態になったといいます。

ITmedia 想定以上の反響があったのですね。

溝口氏 当時はまだ回線が少なかったこともありますが、この影響で市内の電話網もパンクしてしまったそうです。営業開始は1994年1月12日でしたが、14日までの3日間で5万件のお問い合わせをいただきました。その後の基準で考えると販売数自体はそれほどでもなかったのですが、当時はそこまでの反響を想定した準備ができていなかったものですから……人員も少なく文字通りの大混乱で、対応しきれませんでした。

 (※エプソンダイレクト代表取締役社長の吉崎宏典氏)

独自仕様のマザーボードを開発、SFFへの先見──「Endeavor AT-900C用マザーボード」

photo 独自仕様のマザーボードを採用したEndeavor AT-900Cへの思い入れ、当時の裏事情などを語ってくれた技術部部長の溝口氏。同社初となる専用マザーボードの開発背景には技術者としてのプライド、品質追求への強いこだわり、SFFへの先見があった

ITmedia エプソンブランド、PC/AT互換機、直販、この組み合わせはそれだけインパクトが強かったということでしょうね。当時多数のその中で国産の安心感と最先端のハイスペックをいち早く提供するスピード感を兼ね備えた御社は稀有な存在だったと思います。

溝口氏 そういっていただけるのは光栄なのですが、当時はジレンマも抱えていました。ホワイトボックスだといわれていたんですね。グループ内からも「部品を買ってきて、単に組み立てて売ってるだけじゃないか」と揶揄されたりもしました。もちろん出来合いのものそのままでなくて、弊社独自の工夫を入れるなど手は加えていたのですけれども、当時のPC誌など「マザーボードはA社の〜だ」などと書かれたりしまして……。

ITmedia なるほど。伝統のエプソンブランドというバックボーンがあるゆえの悩みでしょうか。

溝口氏 やはり技術・設計の人間としては、そういう周囲の声を抜きにしても、高いクオリティを維持し続けるためにイチからやりたい、専用マザーボードをずっと作りたいという思いがありました。

 すべて弊社の指定/フルオーダーメイドとした初のマザーボードが「Endeavor AT-900C」(2001年12月発売)に採用したものになります。こちらはIntel 845+Pentium 4搭載のSFF(スモールフォームファクタ/省スペース)モデルで、NVIDIAのGPUと、グラフィックスメモリ、さらにSilicon ImageのTMDSトランスミッタをオンボード搭載し、DVI出力端子も直付けした構成となっています。


photo 溝口氏が手がけたEndeavor AT-900C用マザーボード。一部張り出しているのは、VRMの放熱のためだという。Socket 478のPentium 4用マザーボードで、NVIDIAのGeForce2 MX200、16Mバイトのグラフィックスメモリ、Silicon ImageのDVI出力チップをオンボードで搭載し、DVI出力コネクタも直付けしている。某A社のASICが載っており、型番もA社風だが、完全な専用設計である

ITmedia 独特な形状をしていますね。

溝口氏 当初は普通のNLXフォームファクタで作っていたのですが、VRMの発熱が高く温度評価でNGが出まして。対応した結果こうなりました。現在はもちろん、温度、放熱といった部分は真っ先に優先するものですが、Pentium 4より前の時代はそこまで厳しくありませんでした。Pentium 4から急激に消費電力が上がり、そういうことを強く考える必要性が出てきた時代でしたね。

ITmedia なぜ初の専用マザーボード採用機がこのモデルだったのでしょう。

溝口氏 1つにはSFF、省スペース性を重要視していたことがあります。エプソンダイレクトは高性能なタワー型デスクトップモデルのイメージもあると思いますが、フォームファクタのダウンサイジングにも早い段階から取り組んでおりました。当時も「これからはSFFの時代になる」と考え、SFFボディへのシフトを積極的に進めていました。また、シンプルにタイミングがよかったという理由もあります。


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提供:エプソンダイレクト株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia PC USER 編集部/掲載内容有効期限:2013年9月9日

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