> ニュース 2003年10月16日 07:53 PM 更新

写真画質新時代を感じさせるキヤノン、エプソンの新インクジェット(2/2)


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 薄いインクを廃止できた理由の一つは、1.5ピコリットルの小さなインク滴を採用したこと、顔料系インクのため着弾部の直径が染料の0.8ピコリットル相当になったことで、ドットが目立たなくなったことが挙げられる。0.8ピコリットル相当という数字が妥当かどうかを検証する手段は持たないが、この数字が正しいと仮定しても薄いインクを使っていた当時と同等の滑らかな表現を行うことはできないと考えられる。

 薄いインクをなくすことができた本当の理由は、実は特色インクの追加にある。

 PX-G900のシアンとマゼンタは、“ライト”という名前にはなっていないものの、従来の薄いインクに近い濃度しかない。正確には従来の薄いインク(レギュラーインクの1/4濃度)の1.5倍程度。この程度の濃度でも、sRGBあるいはAdobeRGB空間における、シアンとマゼンタを表現するには十分な濃度があるからだ。

 ではなぜ今までは、RGBデータには存在しない濃いシアンとマゼンタを使っていたのか?

 CMYKインクで赤や青を作り出すには、高い濃度が必要だった。言い換えると、赤や青の表現力を高める特色インクを追加すれば、シアンとマゼンタを従来よりも薄くできる。このことと着弾点の小径化の組み合わせにより、薄いインクを排除することが可能になったわけだ。


 レッドを追加するだけでは、これを実現することはできない。薄いインクを不要にするにはブルーも同時に必要だった。だからこその、特色インクを2つ採用したのである。


 理由はこれだけではない。実は顔料で光沢感を引き出すために、インクの混色処理を可能な限り抑える目的もあるという。顔料は用紙内部に色材が染み込まず、表面に付着する。このためインクを重ねてしまうと色材が堆積し、表面に微妙な凹凸ができる。これが光沢感を損ねる原因になった。

 これまでであれば、混色しなければならなかったレッドとブルーが単一インクで表現可能になる。光沢感のある顔料インクジェットプリンタにとって、ブルーとレッドのインクは色空間拡張以上に意味のあるものなのだ。

既存画質を拡張する路線を堅実に進んだキヤノン

 一方、キヤノンはエプソンとは異なる方向へと進んでいる。その考え方は、あくまでも従来のCMYK印刷を拡張するというものだ。インクジェットプリンタにおけるCMYK印刷は、長らく同じインクを使い続けていることもあり、そのノウハウは膨大なものになっている。キヤノンはこの基本を崩さない方法を選択した。

 そもそも特色インクで色再現域を補う手法は、商業印刷では一般的に用いられている。高価な写真集などでは特色インクを使うこと自体、それほど珍しいものではない。PIXUS 990iのレッドインクは、これと同様の考え方でCMYK印刷が不得手な色域を補うためのものと考えるのが妥当だろう。

 と言うのも、キヤノンのレッドインクは純粋な赤ではなく、オレンジ色になっているのだ(エプソンのレッドとブルーインクは、ほぼ純粋な赤と青)。また濃度もあまり濃くはなく、他のインクとの組み合わせで色を作るためのインクといった位置付けのようだ。キヤノンが提示しているPIXUS 990iの色立体を見ても、純粋な赤ではなくオレンジ色を中心とした部分の彩度表現が向上していることがわかるはずだ。


 例えば、鮮やかな夕景やおいしそうなオレンジなどは、CMYK印刷では出すことができない。商業印刷における特色インクも、オレンジ色が使われることが多いという。キヤノンの選んだ特色インクは、カラー印刷のテクニックからすれば、至極真っ当な色ともいる。

 しかし、それならば同じくCMYK印刷が不得手なブルーインクも追加して良かったのでは? と考えるのが自然だ。特色インクの追加が、そのインクが持つ素の色以外でも役立つのならば。そもそも、カートリッジを取り付ける場所さえ作れば、ヘッドユニットは元々特色インクの追加に耐えられる構造になっているのだから。

意外に難しい特色インクの使いこなし

 簡単な取材やテストからでは、その答えは容易には見つからない。ここからは推測だが、特色インクを使いこなすことの難しさが背景としてあると考えられる。先に述べた高級写真集における特色インクも、インクの特性に合わせて現場合わせで色を調整するものなのだという。まして透明度の高い染料の特色インクを、他のインクと重ねて使い、すべての印刷データに適用するとなると、色設計が難しくなることは想像に難くない。

 キヤノンは利用していない3列のノズルと1個のインク導入口に関して、非公式ながら「将来、利用することになる」とコメントしている。今回、それを使わなかったのは、色数が急に増えることで色設計のバランスが崩れてしまうのを嫌ったとも考えられる。

 同じことはエプソンのレッドインク、ブルーインクにも言うことができるが、これらはいずれも純粋な赤と青に近く、キヤノンのレッドインクよりもコントロールしやすいと考えられる。またエプソンのインク開発担当者によると、レッドインクとブルーインクを用いて薄いインクをなくす手法は、2年前からアイデアとして温め、適切なインクと色設計を重ねてきたものだという。

 もっとも、エプソンはダークイエローを追加した際にも、その使いこなしに苦労し、初期のドライバでは部分的に破綻している色域もあった。最近のドライバでは、そのあたりがかなり改善しているものの、シャドウ部で多少色相が転ぶといったクセも残っている。

 とはいえ、新しいインクが追加され、表現としての可能性が広がったことは歓迎すべきだ。従来の粒状性低減一辺倒から、技術の進歩を写真としての表現力へとベクトルが変化してきたところに、写真画質プリンタの新しい時代を感じる。しかし、両社が特色インクを追加した理由、選択した色、メカニズムはともかくとして、実際の出力結果が改善されているかは、過去の製品も含めた詳細な比較が必要だろう。

 誤解されやすいことが、新しいインクが追加されたからといって、急にその色に寄ってしまう、というわけではない。例えばレッド(オレンジ)インクが追加されでも、従来の肌色が赤っぽくなってしまう、といったことはないのだ。ただし、これまでは黄色っぽくしか印刷されていなかった部分が、美しい朱色に染まるといったことは(データの内容次第では)ありえる。

 要は広がった色域を、どのように使うかがポイントなのだ。sRGBという枠の中で考えると、新インクで広がった色域すべてがsRGBで表現できるわけではない。では、ほとんどのデジタルカメラがsRGBを採用する中で、どのようにして新インクの効果を見せていくのか。そのさじ加減も、今年のプリンタを評価する上でのポイントと言えよう。

 両製品とも現段階で、その成果を評価できるほどには使い込んでいないが、追って完成度についてもレポートしたい。

追記

 この原稿を脱稿したあと、非常に重要なポイントに気付いたので追記しておきたい。キヤノンは新プリンタ発売を前に、純正写真用紙のプロフォトペーパーをランニングチェンジ(型番を変えずに流通させながら切り替え)で新型にした。新型ではこれまでプロフォトペーパーが苦手だった耐ガス性が4倍にアップしているという。

 ところが、新型プロフォトペーパーは名前や型番こそ同じだが、旧型とは異なる色特性を持っている。ストックしていた用紙で色がおかしかったため、キヤノンに問い合わせたところ、新型機で旧型プロフォトペーパーにプリントすると、赤が強く、青が弱くなるという。なお、4色機では色の違いは僅かで、ハッキリとわかるほど差が出るのは薄いインクを使う多色機。

 問題なのは、販売店レベルで用意している比較パネルなどで、旧型プロフォトペーパーが使われていること。990iだけが赤っぽい肌色になっている場合があるのを見かけたが、その用紙も旧型だった(新・旧の見分けは用紙裏面のロゴで判別できる。キヤノンロゴがあるのが新型)。店頭で比較検討する場合、おかしいと思ったらば用紙の新・旧を確認すると良い。

 またエプソンのPX-G900の場合、純正の写真用紙以外に印刷すると、用紙の特性によっては粒状感が増して見えることがあるようだ。顔料のため用紙による色再現の違いはあまりないが、こちらも予備知識として持っておくといい。



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[本田雅一, ITmedia ]

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