多くの企業がAIの導入を模索し、ビジネスの成長につなげようと奔走している。しかし、その根幹を支える「AIインフラ」の構築には、従来の仮想化基盤とは異なる多くの課題が立ちはだかっており、設計の難易度は極めて高い。
これらの課題を解消してAIの定着を後押しするため、AI基盤の構築から活用まで事前に検証できる「C&S AI INNOVATION FACTORY」が2025年7月に誕生した。
IT商社としてAIビジネスの拡大を目指すSB C&S、データセンターの施設やインフラ面を支えるIDCフロンティア、AIの根幹を担うエヌビディアがタッグを組んだこのサービスは、まさに「AIの民主化」を実現するための中心的な役割を担うだろう。今回は「C&S AI INNOVATION FACTORY」が目指すものと、その内部に迫る。
AIニーズ爆増の裏で企業が抱える「AIインフラ」構築の壁
ソフトバンクのグループ企業として成長を続けるSB C&Sにとって、ここ数年のAIの進化はビジネスの成長をけん引する大きな原動力だ。特に、2024年のGPUサーバ売上高は前年比12倍と驚異的な伸びを見せている。生成AIは「過度な期待」から「幻滅期」に入りつつあるといわれているが、AIエージェントなど新たなキーワードが登場しており、AI活用の関心は高まる一方だ。SB C&Sの伊藤孝太氏は次のように説明する。
「ここ1〜2年が日本企業でAIが定着するかどうかが決まる勝負の時期です。今後の競争力を左右する鍵は、AIをいかに自社の業務や戦略に組み込み、実装していけるかにかかっています。最先端のAIソリューションと、自社が保有する豊富な内部データを効果的に掛け合わせることが、日本企業にとって有効な成長戦略となるのではないでしょうか」
ソフトバンクグループ全体がAIビジネスに注力する中、SB C&Sは「AIアラウンド戦略」を掲げている。これは基軸となるサーバだけでなく、周辺のネットワークやストレージ、セキュリティ対策までワンストップで提供できる体制を整えるというものだ。2024年度は多数のAIベンダーと取引を開始し、ディストリビューターとしての強みを存分に発揮している。
しかし、AI活用のニーズの高まりとは裏腹に、企業は新たな課題に直面している。それが「AIインフラの構築」だ。AIインフラをどう構築するか、つまりそれを作るエンジニアをどれだけ確保できるかが重要だ。従来の仮想化インフラとAIインフラは大きく異なり、求められるスキルの変化にどこまでスピーディーに対応できるかが今後の成長に関わる重要なポイントだ。
エヌビディアの岩永秀紀氏は「AIインフラは必要なデータ精度などに合わせて、GPUサーバからネットワーク、ソフトウェア、ストレージ、ファシリティーまで考慮すべき点が多いため、従来のインフラよりも設計の難易度が非常に高くなっています」と指摘する。技術の進化とともに電力効率は向上しているものの、それ以上に計算能力への要求は高まっており、電力の確保の検討も不可欠だ。トレーニングや推論を経て最初の成果(価値創出)を出すまでの時間、つまり「Time to Value」も考慮しなければならない。
「触れる機会」がビジネスを加速 「C&S AI INNOVATION FACTORY」のハンズオン
幾つもの課題を解消してAIインフラの構築にスムーズに踏み出すための拠点となるのが、「C&S AI INNOVATION FACTORY」だ。「NVIDIA AI Enterprise」ソフトウェアを含む「NVIDIA DGX H200」サーバに加え、「NVIDIA Quantum-2 QM9700」や「NVIDIA Spectrum-4 SN5600」スイッチ、「DDN ES400NVX2」ストレージといったAIインフラを構成する機材を用意している。
機材が設置されているデータセンター施設を見学できるデモツアーや、AIインフラの構築方法から簡易なAIモデルの開発手順などAIを使いこなすために必要なトレーニングメニューも準備している。
「C&S AI INNOVATION FACTORY」の目玉はハンズオントレーニングだ。SB C&Sは以前からGPUサーバを貸し出してきたが、単にサーバを貸し出すだけでなく同社の技術部門の知見を生かして構築手順を習得するハンズオンをメニュー化した。伊藤氏は「全国のパートナー1万5000社に、AIインフラにとどまらず技術も一緒にデリバリーしたいという思いがあります」と語る。
ハンズオンはすでに3社が受講し、約10社から申し込みがある。受講済みの企業からの評価は高く、ニーズの大きさを実感していると伊藤氏は言う。
「NVIDIAのサーバは高価で『ちょっと触ってみたい』と気軽に試せるものではないため、操作できる機会は貴重です。AIインフラを提案するとしても、エンジニアが一度も触った経験がないと不安を感じてしまいます。ハンズオンで直接触れる機会をつくることで、ビジネスの第一歩を後押しできるのではないでしょうか」
電力、冷却問題をクリアした設備が支えるAIインフラ
AIインフラを構築する上でもう一つ重要なポイントとして、「設置場所」が挙げられる。特に高負荷なAIワークロードを安定稼働させるためには、十分な電力供給と効率的な冷却システムが不可欠だ。この問題をクリアして「C&S AI INNOVATION FACTORY」の拠点に選ばれたのが、IDCフロンティアが運営する東京・府中のデータセンターだ。
IDCフロンティアはソフトバンクグループのデータセンター事業を担い、国内17拠点のデータセンターを運用している。今後もさらなるAIニーズの高まりに備え、総受電容量50Mワット、300Mワットと大規模なデータセンターの開業を予定する。
府中のデータセンターは最大受電容量50Mワットを誇り、1棟当たりの受電容量としては都内屈指だ。都心からのアクセスの良さも大きな魅力と言える。
拠点を検討する際、高性能GPUサーバに対応した「高負荷ハウジングサービス」の存在が決め手の一つになった。1ラック当たり最大30kボルトアンペアまで増設できるため、電力確保が課題のAIインフラの構築において極めて有効な選択肢だ。
高負荷ハウジングサービスは、高密度なAIサーバから発生する熱を効率的に排出するために、リアドア型空調機を採用している。リアドア型空調機は水を用いた局所空調機になっており、サーバラックの背面に設置する。AIサーバからの局所的な排熱はリアドア型空調機の強力なファンを用いることで熱がラック内に滞留せず、リアドア型空調機を通過することで熱交換を行う。これによって、AIサーバからの高排熱をラック内のみで処理できる仕組みだ。
水は地下にある冷却用水を管理する熱源機械室からラック背面のリアドア型空調機に送られ、排熱で暖まった水はこの設備に戻ってくる。その後、巨大なターボ冷凍機によって水温を下げ、再びリアドア型空調機へと循環する。
IDCフロンティアの鈴木勝久氏は「サーバの高電力化は加速しており、1ラック当たりの必要電力容量はますます大きくなっています。NVIDIA DGX H200も電力容量が大きいのですが、さらに桁違いの電力が求められる製品も登場しています。これらに対応するためには、複数の冷却方式を組み合わせるケースが出てくるでしょう」と語る。
冷却方法に加え、ラックの配置や配線設計、床荷重に耐えられる躯体(くたい)なども考慮しなければならない。高負荷ハウジングサービスはリアドア型で現在は提供しているが、今後は直接液体冷却(DLC:Direct Liquid Cooling)なども必須になるという。
こうしたニーズに応え、IDCフロンティアは2025年7月に「DLCハウジングサービス」の提供をスタート。1ラック当たり最大150kボルトアンペアまで対応でき、より大きな電力容量が必要な製品も設置可能になる。
「AIの民主化」に向けたパートナーエコシステムの共創
「C&S AI INNOVATION FACTORY」は、NVIDIAが目指す理想にも通じている。岩永氏は次のように語る。
「生成AIに続くトレンドとして、データからインサイトを獲得し、判断してアドバイスをするAIエージェントが注目を集めています。その次は、日本の強みであるロボットなどのフィジカルAIへとトレンドが続くでしょう。進化し続けるAIを活用するためには、最適化したインフラの整備が重要です」
半導体メーカーとしてのイメージが強いNVIDIAだが、同社はアクセラレーテッドコンピューティングカンパニーとして、GPUのみならず、高速ネットワーク、開発環境を含めたソフトウェアまでフルスタックで提供している。データセンターの設備や電力、データを保存するストレージなど自社でカバーできない部分は、パートナーと連携してAIファクトリーの提供を実現する。これはまさに「C&S AI INNOVATION FACTORY」が目指すものと重なる。
岩永氏は「AIインフラはコンピューティングリソースのコスト最適化、高速化、アウトプットを出すための時間短縮のためにも重要であり、実現にはパートナーのエコシステムが欠かせません。そうした観点において、SB C&SのAIアラウンド戦略は私たちの戦略とも一致します」と、共創の重要性を強調する。
「C&S AI INNOVATION FACTORY」は、デモツアーやハンズオンに加え、機器のリモート貸し出し、実践的な支援としてパートナーやエンドユーザーが持つソリューションの検証も行う。ハンズオンメニューも拡充し、GPU環境を構築して基本的な構成を学ぶ「Basic」(2025年5月開始)に続き、7月には複数ノードでクラスタを構築する「Advance」、9月にはAIモデル開発まで行う「Master」もスタートする。
伊藤氏は「多くの企業にAIのメリットを享受してもらうために、まずは『C&S AI INNOVATION FACTORY』の環境やハンズオンを全国のパートナーさまに活用していただきたいと思います。その上で、パートナーさまのソリューションを基盤上でどう実現するか、試行しながら共創する場にしていきたい」と、今後の展望を語る。
「AIの民主化」という大きな目標に向けて、SB C&S、IDCフロンティア、エヌビディアの三位一体の取り組みが、日本企業のAI活用を強力に後押しすることは間違いないだろう。AIインフラ構築の新たな道を切り開く彼らの挑戦から、今後も目が離せない。
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提供:SB C&S株式会社、株式会社IDCフロンティア、エヌビディア合同会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2025年8月30日









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