行動力だけで生きるエンジニアの“上京物語”――はてブTV・あきやんさん:田口元の「ひとりで作るネットサービス」探訪(2/2 ページ)
あきやんこと秋田真宏さんは、石川県で育ったゲーム作りが大好きな少年だった。彼を動かすのは自分の作ったプログラムが周りの人に注目され、喜ばれること。プログラマーとして地元で就職したが、ブログを通じて東京にはすごい技術者がたくさんいることを知り、会社を説得して東京への転勤に成功した。
Webサイトやブログを通じて「注目される喜び」を知る
その頃、パソコン通信がはじまっていた。サークルで運よくモデムを入手したあきやんさんは、早速アクセスポイントに電話をかけた。「最初にいきなり北海道のBBSにかけてしまって……電話代が3万円ぐらいになってしまったので、家でパソコン通信禁止令が出ました(笑)」。禁止令が解けたころには金沢のBBSを見つけた。BBSでの情報交換を通じて、まだまだPCでできることがあることを知った。Webサイトを作ることができると知ったのもその頃だった。
当時、あきやんさんは工業高校に通っていた。工業高校では電卓がわりにポケコンを購入することが義務づけられていた。その頃のポケコンは、以前兄からもらったものよりもかなり進化し、グラフィックを扱うこともできた。「以前のポケコンよりもいろいろなことができそうだ、と思いました。やたらとI/Oポートを叩いては、その反応を調べ、そのポケコンの解析資料を作りました。マニュアルに書いていないようなことも、この資料を見れば分かるようになっていました」
せっかくできた解析資料をもっとほかの人に知ってもらいたい。Webサイトで公開すればいいのではないか。そう思ったあきやんさんは早速Web制作ソフト「Microsoft FrontPage Express」でWebサイトを作った。公開してしばらくすると、5、6カ所のサイトからリンクしてもらえた。ゲームを作って友達から「すごい! すごい!」と言われたときと同じだ。うれしくてWebサイトをどんどん拡張していった。内容を充実させ、掲示板も設置した。Perlを覚え、掲示板のプログラムを改造していった。
その頃からあきやんさんは就職を意識しはじめる。昔からゲームプログラマーになりたかった。「インターネット企業に行けばゲームプログラマーになれそうだ」と、漠然と考えた。自宅から通える範囲で求人している企業を探したら、見つかったのは1社だけ。すぐに応募し、無事就職した。
会社では「頼まれもしないのにマニュアル作業を自動化するスクリプトを書いていました」という。プログラミングの腕を認められたあきやんさんは本格的にシステム部署へ異動になる。最初から仕事に使えるレベルでプログラミングができたわけではなかったが、習得にはそう時間がかからなかった。「今から思うと進んでいたなぁ、と思うのですが、うちの会社は当時全員がペアプログラミングを実践していたのです」。
2 人で同時にプログラミングを行うペアプログラミング。2人で同じことをするので一見無駄な作業のように見えるが、スキルの習得には特に効果的だった。会社でコンテンツ管理システム(CMS)の仕組みを作ったり、Webサイトのリニューアルを手がけるうちにWebの技術にもすぐに詳しくなった。「わからないところは残業して聞きまくりました」。Perl、PHP、MySQL、JavaScriptと自分ができる範囲をぐんぐん広げていった。
仕事で技術を身につけていくかたわら、自分のWebサイトも充実させた。当時掲示板の拡張にチャレンジしていたあきやんさんは、手軽に書き込める1行掲示板のプログラムを探していたが、なかなか希望に合うものが見つからない。ようやく見つけたプログラムもうまくインストールできなかった。結局、自分で作り、せっかくだからWebサイトで配布した。「そうしたら、すごい勢いでダウンロードされて。びっくりしましたし、なによりうれしかったです」
自分のコンテンツを公開したときの反響が、あきやんさんのモチベーションだ。ブログが登場したときもすぐに自分のブログを作った。自分の作品をほかの人に見てもらうのが何よりうれしかった。
そしてあきやんさんが「あれは転機でした」と振り返る出来事が起きる。自分のブログ記事がはてなブックマークでホットエントリー入りしたのだ。「数日間上位をキープしていて、あのときは本当に舞い上がりました」。その頃からほかの人のブログも熱心に読むようになった。そして「東京にはすごい技術者がたくさんいる、東京に行ってみたい」と思うようになる。
東京出張の際には交流会やイベントに顔を出すようになった。そのたびに「なんとかして東京に住みたい」という思いが募る。そして、会社との何度にもわたる交渉を経て、ついに東京支社への転勤が実現した。
石川県から上京して開発合宿に参加し、はてブTVを完成させる
「もっとみんながネットを使えばいいのに」あきやんさんは、いつもそう思っていた。普通の人でも使えるものをつくりたい。テレビのようにだらだら見られるようなものがいい。そうした思いから生まれたのが「はてブTV」である。思いついたのは2006年5月。忘年会議で知り合ったサイドフィードの赤松洋介さんから誘われて参加した開発合宿の時だった。
「仕組みは簡単だったので、プログラミングには数時間程度しかかかりませんでした」。開発合宿でのフィードバックは想像以上だった。「すごいよ、これ。すぐに公開しよう」。合宿メンバーから強く勧められた。しかし、あきやんさんはその頃の「はてブTV」に納得していなかった。「見た目が気に入らなかったのです。もうすこしインタフェースに時間をかけたかったので、時間を置くことにしました」
当時はまだ石川県に住んでいたので、開発合宿には有給休暇を使って参加していた。この合宿のためだけに東京まで来ていたのだ。「合宿が終わって家に帰ったらどっと疲れが出て、そのまま仕上げるのが延び延びになってしまいました」
そして2007年2月。再度参加した開発合宿ではてブTVを仕上げることを決意する。「インターネットとテレビが盛り上がっていたのです。はてなからも Rimoがリリースされました。仕上げるなら今しかない、と」。インタフェースの問題も解決した。よりテレビっぽくするために全画面表示にして、はてブ TVのロゴを半透明にして表示することに決めたのだ。また合宿メンバーの意見も取り入れ、当時話題になっていた「ニコニコ動画」式にコメントを表示する手法も取り入れた。
今度は開発合宿から帰ってすぐにリリースした。すぐにはてブで取り上げられ、またたく間に人気エントリーになった。もらった反響でうれしかったのは「笑える。でも使える!」というものだった。「笑えるだけで終わりたくないですよね。普通の人に使ってもらいたいという思いがあったので、このフィードバックは特にうれしかったです」
面倒や不便を放置せず「良いと思ったものはすぐに取り入れる」
あきやんさんと話していると「良いと思ったものはすぐに取り入れる」という姿勢が伝わってくる。面倒や不便をそのままにしておかず、できるだけ工夫する。しかも、今すぐに。日々の工夫は彼の普段の仕事術にどう反映されているのだろうか。
メールはGmail。携帯はNTTドコモの「SO902i」である。ドコモの携帯ではGmailを見られないので、パケットを解析して自作ツール(非公開)を作り、携帯からも見られるようにした。スケジュールはGoogleカレンダーを利用。こちらも携帯からチェックしている。
ブラウザはFirefoxで、よく使うアドオンは「Firebug」。「Firebugなしでは開発できません」というほどだ。ほかに使っているアドオンは「Copy URL+」「Stylish」など。
使っているエディターは「秀丸」。HTMLタグをスピーディーに入力できるマクロ、「CloseTag.mac」と「TagSet」を併用している。 RSSリーダーは開発合宿で出会った赤松さんが開発した「FreshReader」。登録しているフィードは350個以上にのぼる。
ローカル環境でも開発できるようにVMWareを使用している。入れているOSはFreeBSDとCentOS。バグトラッキングシステムにはTracを使っている。
最近愛用しているのはソニーのノイズキャンセラー付きイヤフォン「MDR-NC22」。これを使い始めてから、集中力が格段に高まったという。あきやんさんの勤め先では、エンジニアは全員が作業中にヘッドフォンをしている。
今後どんなものを作りたいかと尋ねると、「普通の人にインターネットを使ってもらいたい」という答えが返ってきた。優れたエンジニアでありながら、技術に偏らず、インタフェースにもこだわる。そして、思いついたらすぐに作る。絶妙なバランス感覚とスピードを兼ね備えた25歳のエンジニアであるあきやんさん。彼の次の作品に期待したい。
バックナンバー
- ひとりで作るネットサービス 一覧
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ダミーの個人情報を大量に生成できる「なんちゃって個人情報」の作者、kazinaさん。少年時代はゲームが大好きで「自分も作りたい」と思ったのをきっかけにプログラミングを始めた。「やりたいこと」を探してオーストラリアに渡って英語を学んだり、アクセサリーを作ったりと、PC関連以外の活動も好きだという。 - 「住みたいところに住む」ためのネットサービス――やわなん・りもじろうさん
コミュニティ型の英単語学習サイト「やわなん」を手がけるりもじろうさん。小さい頃から海外が身近な存在だったこともあり、ITを使って「住みたいところに住む」ために英語学習サイトを開発した。 - “文系出身プログラマー”が独立するまで――コトノハ・大日田貴司さん
新感覚の○×コミュニティ「コトノハ」などを手がける大日田貴司さん。「文系だから、プログラマーなんて無理」と思っていた学生時代を経て、プログラミング未経験可の会社に就職。業務のかたわら独自のサービスを作り、スカウトされて転職、そして独立――。一見順調に見えるキャリアだが、その裏には焦りや苦労もあった。
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