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2003/06/09 23:59:00 更新 |
連載:enjoy@broadband.home.net
「SSMS」が示す新しいコンシューマーPCの方向性 (2/2)
さて、ホンモノの機能が組み込まれた製品であることはわかったが、このツールはどんな時に使うのか? CDから直接リッピングすればいいのでは? という意見もあるだろう。いろいろなパターンが考えられるが、その前に簡単にSSMSが持っているエフェクタを紹介しておこう。
エフェクト設定のダイアログ。上から順にオーディオデータがエフェクタのプラグインを通過する。エフェクタの設定パラメータは名前を付けて保存しておくことが可能
まずSony Oxford製のコンソールが備えているパラメトリックイコライザが、信号処理アルゴリズムをそのままに実装されている。プロ向けコンソールでは専用ハードウェアで信号処理が行われているが、そのアルゴリズムをx86に移植したのだという。標準では3バンドのみの対応だが、近日中にはSony Oxfordからオプションで5バンド対応のプラグインモジュールが提供されるそうだ。
自由に周波数、調整帯域の幅、調整量を選べるパラメトリックイコライザであるため、自由度の高い補正を行えるほか、音質調整以外にも、バンドの生録データなどに入っている定在波をピンポイントで探し出し、その帯域を減衰させるといったテクニックも利用できる。また、音質の低下も実に少なく、「イコライザ=音質低下」といったステレオタイプな評価は無用である。
Sony Oxfordのデジタルミキシングコンソールをソフトウェアで実装したイコライザ。3バンド仕様だが、5バンド仕様のアップグレード版が別途販売される予定
Waves製プラグインは、「ルネッサンスベース」「S1ステレオイメージャー」「L1サウンドマキシマイザー」の3種類が付属。ルネッサンスベースは質の悪い低域をフィルタで隠し、その代わりに低音の倍音成分をデータに付与することで、存在しないはずの低域を、あたかも豊かに出ているがごとく付与するエフェクタ。イヤらしさがなく、自然な雰囲気の低音を作り出せる。
ルネッサンスベースの設定画面。ブーストする周波数と追加する低音の量を指定すると、低音部の量感がアップ。自然な雰囲気のまま低音増強が可能だ
S1ステレオイメージャーは、ステレオ感を増幅させるエフェクタ。左右音声の位相を制御することでステレオ感の強調、減衰などを行える。MP3データは低ビットーレート時に音質を確保するため、自動的にジョイントステレオになるものが多く、ステレオ感が損なわれる場合があるが、S1ステレオイメージャーを使えばそれを補正することが可能だ。もちろん、本来の目的である生録したソースのステレオ感が乏しい場合の補正にも利用できる。
ステレオ感を制御するS1ステレオイメージャー。ワイドな音像を作っても、定位がぶれにくいなど、非常にクオリティが高い
L1サウンドマキシマイザーは、録音レベルを最大化することで音の解像度を上げたり、ダイナミックレンジを圧縮して音に元気を付ける効果を生むエフェクタ。実際には複雑な複数のエフェクトが動くようだが、ユーザーは数少ないスライダーを操作するだけで簡単に効果を得られる。ディザリング処理も行われ、余分なピーク信号を取り除き、出力WAVファイルの分解能をギリギリまで高めることができる。
つまり、分解能が高くダイナミックレンジの狭い、いわばJ-POP的サウンドを簡単に作れてしまう。ソニーが「あまり強力にかけると、いわゆるエイベックスサウンド、“あゆ”サウンドになってしまうので注意してください」と言うように、効かせ過ぎると人工的な香りが漂いすぎる。しかし、迫力不足の音にかけると、ほどよい仕上がりになるほか、ダイナミックレンジの広いソースを電車の中で聞きやすい音へと変えることも可能だ。
ダイナミックレンジの圧縮やピークリミッタ、ディザリングなどの機能を持つL1ウルトラマキシマイザーも搭載。複雑な処理を簡単なスライドバーだけで設定できる。効果もわかりやすく、魔法のようなプラグイン
Mastering Studioを使いたい“こんなとき”
たとえば、1980年代半ばぐらいのCD、あるいは最近でも100円ショップCDなどに見られる、デジタルリマスタリングされていないアナログディスク用のマスターをそのまま記録したCDのエンハンスなど。もちろん、失われた情報は元には戻らないが、極端に録音状態の悪いCDを質の良いCDプレーヤー(今回は自宅で使っているマランツ「SA-14」を使用した)で再生させ、それを24bit/96kHzで録音。SSMSでエンハンスしてみたところ、思いのほか良い音へと生まれ変わった。生音の雰囲気が重要なクラシック系素材の場合は、簡単なイコライズ程度に留めておくのがいいが、80年代のディスコ系素材なら効果的だ。
アナログディスクやカセットテープからの録音では、周波数特性の補正、ダイナミックレンジ不足の補正、ノイズの除去といった効果を期待できる。特にカセットテープからの録音では、元ソースの雰囲気を残しつつ、デジタル音源らしいクリアな聴感に仕上げることが可能だ。
ノイズフィルタは後処理でかけることも可能。録音時に入ったハムノイズを除去する機能もある
また、品質のいいアナログプレーヤーを持っているなら、アナログ音源の持つ滑らかな音を高解像のデジタルデータとして取り込みつつ、CDに対してSBMで可能な限りの情報を叩き込むことが可能だ。質の良いアナログ音源を所有しているが、ディスクの耐久性を考えると気軽に聴けるデジタル音源も作っておきたい、というオーディオマニアにもオススメだ。
好きな曲だけを集めたオリジナルのCDを作りたいとき、PCに取り込んであるMP3などの圧縮音源を、そのまま音楽CDに焼いてしまう人も多いようだが、SSMSに通すことで高域のエネルギーを補正したり、ジョイントステレオによるステレオ感の減少を補うことができる。また意外に便利なのがノーマライズの機能。ピークレベルをMAXにそろえるノーマライズフィルタを内蔵しているため、録音レベルの異なる複数CDから取り込んだ音楽をひとつのCDにまとめたい時などに重宝する。
あらかじめ録音されているファイルを読み込んでリマスタリングすることも可能。異なるCDからリップしたデータを読み込んで、ノーマライズ後にダイナミックレンジ圧縮。携帯型ステレオ仕様のCDデータを作るなどの使い方があるだろう
個人的に気に入った使い方は、SACDやDVD-Audioのアナログ経由の録音だ。いずれもCDより高音質な音楽用光ディスクだが、デジタルコピーにはプロテクションがかかっている。SACDに関してはCD互換レイヤーを含むハイブリッドタイプもあり、パソコンへのリッピングも可能だが、DVD-Audioはそのままでは無理。またSACDに関しても、ハイブリッドタイプのメディアの割合はあまり高くない。
しかし、これらの音源もアナログ経由ならば簡単に録音できる。しかも、適切な機材(テストではローランドの「UA-5」を利用)を使い、24bit/96kHzで録音すれば、CDよりも高音質に取り込める。そのうえ、24bit/96kHzで取り込んだデータをDVDオーサリングソフトで焼き込めば、(DVD-Audioに対応していない)普通のDVDプレーヤーで再生することもできる。このデータをマスターとして保存しておき、SBMを使って高音質なCDとして出力したり、エフェクタでヘッドフォンオーディオなどに適したダイナミックレンジの狭いデータに補正してCDやMDに録音するなど、さまざまな使い方ができる。
もし、音楽演奏を趣味にしているなら、宅録したり、ライブ録音したり、あるいはスタジオ録りはしたけれど予算がなくてマスタリングをしていない……そんなサウンドデータを、自分の手でマスタリングし、現代的なサウンドに生まれ変わらせることができるだろう。
出力オプション。音楽CDに直接書き込めるほか、任意フォーマットのWAVに落とすこともできる。24ビットから16ビットに落とす際は、高品質なディザリング処理の一種であるSBMを指定できる(クリックで拡大)
実際にどんな効果が生まれるのか? マスタリングされていない曲をSSMSのエフェクタで補正してみた。素人マスタリングではあるが、それなりの効果が出ているのがわかるはずだ。
今回は、インディーズレーベルのSHHYミュージック様に協力していただき、マスタリング前のデータをサンプルとして提供していただいた。曲はイエローダックの「鬼武者」。
オリジナルのサンプルはこちら(約5Mバイト)
補正後のサンプルはこちら(約5Mバイト)
サンプル曲には、ここまでに解説したエフェクトをすべてかけている。(編集部注:盛大に聞こえる歪み感はオリジナル曲に含まれているもので、Mastering Studioで付与されているものではありません)
ホンモノの先にあるものを
自分でも驚くほどSSMSをホメまくってしまったが、これはおそらく、僕が昔、アナログディスクをいい音でカセットテープに落とすことを試行錯誤するのが好きだったり、バンドでスタジオ録音をやってみたり、あるいはオーディオ好きだったりするからだろう。SSMSがスイートスポットにはまるユーザー層というのは、実はそんなに広いものではないかもしれない。
しかし、簡単なデジタル録音もいいが、高音質のアナログ録音というのは、やっていてなかなか楽しいものだ。理系の男の子なら、きっとその楽しさを感じられるんじゃないだろうか? デジタルオーディオの時代になって、情報量が少なくなっていてもデジタル的にクリアな音を“音質が良い”と感じる世代の人たちは、ちょっと引いてしまうかもしれないほど、SSMSはマニアックなソフトウェアだ。しかし、だからこそ面白みもある。
ホンモノのオーディオ好き、音楽好きなどのマニア層が「オッ!」と思えるホンモノ。これは何もSSMSのようなリマスタリングソフトに限ったことではない。ビデオにしろ、デジタルイメージングにしろ、“コンシューマー向けだからこれぐらいでいい”という製品は、すぐに飽きられてしまうものだ。
たとえばアドビシステムズの「Photo Deluxe」はヒット商品となっただろうか? いや、もちろんある程度は市場を作ったが、ホンモノの「Photoshop」品質を受け継ぐ「Photoshop Elements」の方がコンシューマーに受け入れられた。このあたりに、コンシューマー向けPCやアプリケーションが、今の殻を破るための鍵があるように思う。
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バイオ製品カタログ(ソニー)
Sony Oxford(英語サイト)
Staunberg(英語サイト)
Waves(日本語サイト)
SHHYミュージック
イエローダック
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[本田雅一,ITmedia]