生成AIは業務効率を高め、働き方を大きく変える可能性がある。民間企業の多くはすでに効果を実感しつつあり、行政機関でも業務に大きな変革をもたらすものと期待を集めている。ただし行政機関が先進的なクラウドサービスを利用する際には、セキュリティの規制や組織のITリテラシー、入札制度など、さまざまな障壁が立ちはだかる。
顧客の約95%が地方自治体というSIer(システムインテグレーター)のエーティーエルシステムズは、こうした課題を前にして、まずは顧客に提案する前に自分たちで「Microsoft 365 Copilot」(以下、Copilot)を使ってみようと決断。検証過程で得られた経験とノウハウを、地方自治体向けのCopilot導入支援に生かそうと考えた。同社はCopilotの導入を経て、どのような改善効果を実感したのか。そして行政機関の生成AI導入プロセスにおいて、どのような課題を見いだしたのだろうか。
条件整備は進むが、地方自治体での生成AI導入は遅れ気味
「先進的な取り組みをされている地方自治体は確かにいらっしゃいますが、それは全体から見ればごく一部。8〜9割の地方自治体が、生成AI導入の予算を確保するのに苦慮している印象です」。エーティーエルシステムズ寉田悟氏(執行役員、ビジネスデザイン部 部長)はそう話す。
地方自治体向けのコンサルティング業務に携わる権正大地氏(ビジネスデザイン部 行政ユニットリーダー)も同意を示す。「Copilotを導入するには、それなりの費用がかかります。そのため、ある程度の効果が見込めるという確信を持てないと、地方自治体の情報担当者としてもその先に進もうという気持ちにならないようです」
「行政機関のIT化はなかなか進まない」という世間的な評価が覆る日はまだ遠そうだ。しかし地方自治体は政府方針に沿って、ITシステムのモダナイズを着々と進めている。
2021年に施行された「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」は、地方自治体が住民情報を管理するための20業務を標準化の対象として定め、2025年度末までには関係府省が省令で定めた標準化基準に合致したシステムに移行させる必要がある、と規定している。システムと業務データの提供基盤は、デジタル庁が運用する政府システムの共通基盤「ガバメントクラウド」に一元化することになっている。
クラウドサービスの利用を後押しするルールの整備も進んでいる。地方自治体が保有するデータを保護する目的で総務省が策定したセキュリティのガイドライン「自治体情報システム強靭性向上モデル」では、庁内で使う情報システムを、
- マイナンバー利用事務系
- LGWAN(地方自治体向けの専用ネットワーク環境)接続系
- インターネット接続系
の3系統に整理してネットワークを分離。それぞれに専用の業務端末を用意する方式(いわゆる「αモデル」)を採用するように求めていた。しかしこのルールを厳格に適用すると「Microsoft 365」のようなSaaSは一般の庁内事務で使えないことになる。そこで総務省は、業務効率性や保護すべき情報資産の重要度に応じて新たなネットワーク分離モデルを定義し、一定の条件の下でLGWAN接続系からローカルブレイクアウト方式でMicrosoft 365などの外部クラウドサービスを利用できるルールを整備した。
このように、自治体のネットワーク分離モデルの中でもクラウドサービスを利用するための条件は整いつつある。エーティーエルシステムズの本拠地は山梨県甲府市だが、同社がサービスを提供する地方自治体は関西、中部、関東、甲信越まで広範にわたる。行政に関わる業務システムが2025年度末までにガバメントクラウドに一元化されれば、Microsoft 365と生成AIの組み合わせによる地方自治体の業務効率化は一気に加速するのではないか、と同社は予測する。地方自治体のITプロジェクトを長年支援してきたSIerとして、「Copilot導入を後押しするには、行政機関が費用対効果を実感できるだけのユースケースを蓄積することが先決」と考えた。
まずスモールスタートし、つまずきやすいプロセスと効果を確認
社内へのCopilot導入と展開を担当したのは、同社の情報システム部門であり、お客さまへ最新技術を提案・設計構築する技術戦略室だった。
同社はMicrosoft 365を以前から業務で利用していた。「もともとの契約に追加する形で、Copilotのリリース直後にまず22ライセンスを導入しました。その後も段階的にライセンス数を増やし、利用者を拡大していきました」と古澤祐一氏(技術戦略室室長、クラウドエンジニアリングユニットマネージャ)は説明する。検証を主導した技術戦略室とビジネスデザイン部の2組織はほぼ全員にライセンスを支給し、他の部署にも少なくとも1、2ライセンスを割り当てた。
Copilotの社内普及に当たって技術戦略室が心掛けたことの一つに、「使い方ガイドラインの作成と共有」がある。社内展開プロジェクトのリーダーを務めた植松大貴氏(技術戦略室 クラウドエンジニアリングユニット)は、「生成AIは常に正しい情報を出すわけではない、という認識が人によってまちまちでした。ITに詳しくない人ほどAIに大きな期待を寄せていて、『思った通りの回答が得られない』とがっかりしてしまうようです」と振り返る。
だからこそ、生成AIの特性と限界を理解した使い方のガイドラインを作って共有することが重要だと考え、Copilotの使い方を基礎からレクチャーする研修も折に触れて実施したという。「導入してみて気付いたことですが、当社のようなIT企業であっても、生成AIを“使えない人”“使わない人”は一定数いました」と古澤氏は語る。管理部門や人事部門のメンバーの中にはITに詳しくない人もいることから、「このような業務でこういうことを調べたいなら、プロンプトをこう書けばよい」と、個別具体的な活用例を勉強会でレクチャーするようにしている、と植松氏は話す。「ある程度をAIに自動生成させ、人間が最後の確認と仕上げをする、というのが生成AIとの良い付き合い方だと思います。これは新しい働き方であり、新しい文化です」と権正氏は強調する。
Copilotのメリットを適切に引き出すにはデータの置き場所を変える必要があることも、検証で気付いたポイントだった。既存のファイルサーバには機微情報も格納していることからCopilotの検索対象になっていなかったが、この状態ではCopilotの高速な検索というメリットが享受できない。そのため、検索対象にしても問題ない社内マニュアルは社内情報プラットフォーム「Microsoft SharePoint」に移動。「社内マニュアルをSharePointに格納してCopilotからアクセスできるようにしたことで、FAQは格段に楽になりました」と植松氏は語る。将来的には社内の全情報をCopilotで取り扱えるようにすることを目指し、オンプレミスのファイルサーバからMicrosoft 365のSharePointへデータ移行を進めているという。
同社におけるCopilotの主なユースケースは、文書生成や要約、誤字チェック、情報収集、会議の議事録作成、アイデア出しやアイデアの“壁打ち”、ソフトウェアのコード生成、エラーの解析などだ。まだ全従業員がフル活用する状態には至っていないが、社内アンケートによれば社内のCopilotライセンス保有者のうち約半数は週に数回以上Copilotを業務利用していた。約7割は生成物や回答の精度を「おおむね適切だった」と感じ、9割以上は今後もCopilotを利用したいという意向を示していたそうだ。
具体的な業務での効果例を挙げると、地方自治体の調査データや過去案件の資料をもとに顧客向け提案書を作成する場面では「従来2、3日かかっていた作業が1日に短縮できました」と寉田氏。業務効率についても、アンケート回答者の8割以上が改善効果を実感しているようだ。
社内で得られた知見を地方自治体の生成AI導入案件に適用
これらの社内実践をベースに、エーティーエルシステムズは幾つかの地方自治体で生成AI導入支援施策を推進していった。
権正氏の説明によれば、まずは買い切り版の「Microsoft Office」からクラウドサービスのMicrosoft 365への移行を地方自治体に提案し、そこに追加する形でCopilotの導入支援をしている。LGWAN接続系からMicrosoft 365を使用するためにローカルブレイクアウト環境を検討または構築している地方自治体においては、積極的にCopilotの導入をお勧めしています。そうでない地方自治体は、OpenAIのAIモデルを『Microsoft Azure』のクラウドインフラで運用する『Azure OpenAI Service』の方が導入しやすい、とお話ししています」と寉田氏は補足する。古澤氏も、「定額費用が毎月発生するCopilotに対して、Azure OpenAI Serviceは従量制課金で、使用頻度が低いうちは割安になります。実証実験の段階ではAzure OpenAI Service、本格運用するならCopilot、という使い分けが良いかもしれません」と話す。
地方自治体がCopilotやAzure OpenAI Serviceを導入する際は、事前に実証実験で課題抽出や効果測定を済ませるのが一般的だ。「まずはAIを体験してみたいという段階では、数ライセンスを導入して情報担当の職員に使っていただき、具体的な使い方を知っていただくことから始めています」と権正氏は説明する。活用シーンの支援には自社の経験とノウハウを最大限に生かしている。「地方議会の議事録を文字起こし機能で自動作成したい」「地方議会での行政側の過去の答弁を調べて、それと整合性が取れる答弁を生成させたい」「新規施策などの根拠法令・条例をチェックさせたい」「行政文書の様式に沿って体裁や文言のチェックを自動化したい」など、要望をふまえて部署ごとに業務を棚卸ししてもらい、シーンに応じたプロンプトのマニュアル整備も支援しているのだという。
権正氏も幾つかの自治体とのプロジェクトに携わった経験から、「どの業務で生成AIをどう使うか、作業マニュアルと同等のレベルで具体的なイメージを情報担当職員に持っていただけないと、結局は使ってもらえない」と考えている。ここでも重要になるのが、職員のITリテラシー向上と、生成AIの使い方講習会だ。これらのトレーニングを済ませた上で、特定の部署や特定の業務でスモールスタートし、その過程で得られた経験をもとに予算を確保して、全庁業務で階的に生成AIの活用範囲を拡大していく――。導入の基本的な進め方は民間企業と変わらないものの、「長年の実績から行政機関の業務や習慣を深く理解し、細部に至るまで支援できることがわれわれの強みです」と寉田氏は話す。エーティーエルシステムズも自社の業務でCopilotを活用する体制をさらに最適化し、行政機関とともに歩むITパートナーとして、Copilotの真価を引き出す事例を積み重ねていく構えだ。
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提供:株式会社エーティーエルシステムズ、日本マイクロソフト株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2024年12月29日


