さくら町一番地の記憶――コニカ「Digital Revio KD-310Z」:矢野渉の「クラシック・デジカメで遊ぶ」(2/2 ページ)
コニカが写真事業から撤退して久しいが、紛れもなくKD-310Zは「コニカのカメラ」である。コニカのカメラを手にすると、僕はさくら町一番地にあったコニカ社内の昭和とも表現できる、暖かい、やさしい空気を思い出す。
さくら町一番地の記憶
若い人と話していて、コニカという会社を知らないことに驚いた。コニカミノルタは2006年にすべての写真事業から撤退して、個人消費者には馴染みがなくなっているからあたりまえなのかもしれないが、一抹の寂しさを覚える。コニカ、いや社名変更前の小西六写真工業は日本を代表するフィルムとカメラのメーカーだったのに。
1980年代の終わりごろ、つまりバブル最盛期に僕はこの会社の日野事業所を撮影で訪れたことがある。住所を見て驚いた。「東京都日野市さくら町一番地」なのである。「さくら」はコニカのルーツである「さくらカラーフヰルム」に由来していると知った時、僕はコニカの伝統と歴史に尊敬の念を抱いた。
生産拠点が地名になる企業は、地域の経済の源だ。そこで働く人達の落とす金で潤っている店がいくつもあるし、市も税収が見込めるから別格の扱いをする。
僕は総務の担当者に案内されて社内のスナップ写真を撮影した。こういう仕事は、その企業の「社風」が表面に浮き出てくる。僕のような「異物」が組織の中に放り込まれたときの社員の反応でそれが解るのだ。
バブル期の、大企業と言われる他社の社員の反応は概ね攻撃的だった。カメラを向けると忙しいのに邪魔するな、と言わんばかりの不機嫌な表情が返ってくる。ところがコニカの社内は笑顔しか返ってこなかった。一緒に付いてくれた総務のおじさんのキャラクターのせいなのかもしれない。ニコニコと若い社員に自分の子どものように接するからだ。それにしても他社と社風が違いすぎる。
しばらく考えて、たぶんこれが「昭和」なんだと思った。さくら町一番地で働くことの喜びや誇らしさをコニカの社員は素直に表情に出してくれていた。この家族のような組織の中で、他愛ない事でもいいから自分の仕事に満足すること、それが古臭いなどと誰が言えるだろう。
老舗と呼ばれる企業にはもちろん悪い部分もあって、特に企業間の競争には弱かったりもする。しかし、なんでも利益、利益と推し進めるギスギスした組織より、僕はさくら町一番地のコニカのやさしい社風に憧れを抱くのだ。
ヘキサノンレンズの切れ味を充分に楽しめるデジカメ
僕は、この時代になっても、まだフィルムでの撮影期間のほうがデジタルより長い。従ってカメラの起動時間などどいう概念はもともと無いのだ。写真は思った時に撮影できて当たり前、という感覚だ。だからこのKD-310Zの短い起動時間は波長が合う。スナップ写真を撮るときに「おっくうだな」という感情がわかないのでサクサクと撮影が進むのだ。
また、このカメラが人を撮影に駆り立てるのは今後新製品は出ないであろう「ヘキサノンレンズ」だ。コニカミノルタが写真事業から撤退した後、ミノルタの光学レンズはソニーへと引き継がれたが、コニカのヘキサノンレンズはそこで歴史を終えてしまっているのだ。
ヘキサーで評価を得たヘキサノンレンズを使って、手軽にデジタル撮影できるKDシリーズは、コストパフォーマンスもいいし、この系譜のカメラをコレクションするのも渋い趣味と言えるかもしれない。
実際の撮影後の感想はまず白飛びが少ないことと豊かな階調、それでいてねむい絵にはならずにヌケの良い描写が際立っていることだ。赤や青が嫌味なく強調されるので気持ちのいい写真が撮れる。
フィルム界の巨人、コダックが事業再編のタイミングを失って経営破綻したのとは対照的に、コニカは会社設立以来続けてきた写真事業を切り捨てて生き残った。良し悪しではなく、それは単に時代の流れでしかない。秀逸な技術を持ったカメラメーカーが消えてしまうのは寂しいけれど、作られたプロダクツはいつまでも残るのだ。たとえそれが壊れてしまったとしても、人々の記憶の中でまた生き続ける。
今、手の中にあるKD-310Zを愛でながら、さくら町一番地の人々をイメージしてみる。すると、いつになくやさしい気持ちで写真が撮れそうな気がしてくるから不思議だ。
撮影者の意図を正確に表現するのがカメラだと思っていたけれど、カメラが撮らせてくれる写真、というのもありなんだな、と素直に思った。
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