これからは年収600万円や800万円の漫画家が増えるかも徹底討論 竹熊健太郎×赤松健 Vol.4(2/3 ページ)

» 2011年02月17日 10時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]

自分が“楽しみ代”を払っている限りはもうかることはない(赤松)

赤松 面白いのと売れるのと、どっちがいいですか。つまんないのに売れてるのはダメですか。

竹熊 うーん、面白いのがいいでしょ。

赤松 じゃあ、面白ければ売れなくてもいいんですね。

竹熊 まあその場合はね。でも、「面白い物を売りたい」とはみんな考えているんじゃないですか。

赤松 うーん、私は嫌だなあ。そこがロマンチストすぎません?

―― 最近のJ-POPの世界だと、100万枚じゃなくても、10万枚とか5万枚で自分たちが食っていく方法を考えようっていう若手がすごく多いんですよ。インディーズレーベルも自分たちで運営しようっていう。それもオリコンのトップ5に入るような人たちがそういう動きをしているんですよね。漫画もそういう形に近づいていくんじゃないかと思うんですよね。ただ、問題は、そうなったときに漫画家を目指す人が出てくるかどうかですよね。

赤松 そこなんですよ。だったら絵を描いてpixivに載せたらいいんじゃないですか。

竹熊 僕、巨額の富を得たことがないものですから、金がないならないで、それなりの楽しさを見つけるタイプなんですよね。

赤松 でも、サルまんが売れてみんなが読んでくれてた時代に、金回りがよかったり、誰もが自分を知っていたりという経験があるわけじゃないですか。

竹熊 「サルまん」の時は……売れたと言ってもたいしたことないですよ。第1巻の初版だけ会社が20万部も刷りやがってさ、僕と相原コージで止めたんだもん。最初は5万部で様子見ましょうって。そしたらさ、12万か13万部売れたんですよ。でも売れ残りが出たんで、2巻目は8万部、3巻目は4万部ですよ。3巻はさすがになくなっちゃったんで5000部増刷したんですけどね。3巻で4万5000部出たってことは、1巻目を5万部で様子見ろと言った僕の読みは正しかった。

赤松 20万部刷って12万部売れたんだったらペイできてるでしょう。

竹熊 もちろん会社はペイできてますけど、僕は根がどマイナーなんですよ。アングラのどマイナー人間ですからね。

赤松 バクマンで、売れてやる! っていう少年と、売ってやる! っていう編集者の成り上がりストーリーがありますけど、あれは認めないんですか。

竹熊 もちろんその考えは認めますよ。いや僕はね、1年間で100万部売る本と、100年掛けて100万部売る本があると思うんですよ。1年間で100万部の方がいいと思われるでしょうけど、それはもう難しいですから。

赤松 それは分からないですよ。売れた実績もあるわけだし。

竹熊 でも僕は、自分が死んだ後も自分が手掛けたものに残っていてほしい。さっき僕のことをロマンチストっておっしゃったけど、その通りです。ロマンチストで50年生きてきましたから(笑)。

赤松 私は1作目が売れなかったらすぐ辞めるつもりで、退路を確保して漫画界に来たんです。でも、後輩の漫画家たちは、退路がないんですよ。私は親を説得するのに新人賞を取ったり、デビューする時も同時に就職活動したり、すごくシビアです。自分はきっと売れるとか、売れるまでやめないとかっていうことは一切なかった。そのへんがロマンチストじゃないってことなんですけど、漫画家はすごくロマンチストな人が多いので、竹熊さんのことは漫画家みたいな感じに見えてます。

竹熊 まあメンタリティとしては、作家かもしれませんね。編集家って名乗ってるのもさ、編集者として作品が作りたいからなんです。

── 多摩美や京都精華大学の漫画家志望の学生は、どんなメンタリティなんですか。

竹熊 すごい才能だなと思う人は何人もいましたけど、僕の知る限りは一人もデビューしてないですね。それはいろいろな理由があるんですよ。他人とコミュニケーションが取れないとか、完全主義すぎて、半端なものは出したくないとか。

赤松 うまいやつはみんなそう言う。

竹熊 女性で1人、これは天才だなという子がいて、アイデアを聞いて面白いからネームにしてみてよって言ったんだけど、2年経っても完成しない。要するに完全主義なんですよ。その割にコミティアにBL(ボーイズラブ)漫画を出してて、それは描くんですよ。ところがコミティアにブースが受かったのに、会場に来たのが(午後の)3時。それまでずっと描いててさ、とじてもいないコピーの束を持ってきて。もちろん売りようがないですよね。コピーを見たらやはり上手いんですけど、これじゃあプロは無理だなと。

赤松 赤松理論には「楽しみ代」という概念があるんです。自分が描いてて楽しいと、自分が楽しみ代を払ってることになるからもうからないんです。編集者や読者を楽しませようと思って描くと、楽しみ代が自分に入ってくるんですよ。自分が楽しんでいたら、自分が楽しみ代を払うから、ほかの人は楽しみにくいし、デビュー確率も下がる。

 楽しみ代がいっぱいかかるジャンルは、描いてて楽しいからみんな来て、執筆人口がとても増えるんです。すると原稿料も安くなってもうからない。だから楽しみ代が掛かるものにはなるべく手を出しちゃいけない。趣味のオリジナル同人誌はすごく楽しいんですけど、同時に楽しみ代もすごく高いはずです。逆に商業誌はいろいろな人を楽しませないといけないから、自分が楽しんでる暇は少なくなる。その分楽しみ代が入ってくる可能性は高い。

竹熊 それは金にならなかったらやってられないということですか。

赤松 そういう言い方もあります。逆に言わせてもらうと、描いてる側ばかりすごい楽しんでるものが、もうかるわけないよって感じがしますよ。因果応報じゃないですけど。

── 赤松先生の今のモチベーションは何ですか?

赤松 読者が楽しんでる顔ですね。どれだけ楽しんでくれたかというのは部数で出てますから。部数とか、印税とか。これだけ楽しんでくれたんだ、うれしいな、という。みんなが楽しんでくれれば、俺も楽しいよっていう形になって。ラブひなの後期とかはそうでしたね。

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