村上龍に聞く、震災と希望と電子書籍の未来(後編)電子版「ラブ&ポップ」をGALAPAGOSでリリースしたその理由(1/3 ページ)

作家、村上龍氏の代表作の1つ『ラブ&ポップ』の電子書籍版がTSUTAYA GALAPAGOSに登場した。G2010を立ち上げ電子書籍の世界に飛び込んだ村上氏は今、この新しいメディアに対してどのような想いを抱いているのか。気鋭のジャーナリスト、まつもとあつしによる村上氏へのロングインタビューの後編でそれが明らかになる。

» 2011年07月27日 10時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]

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制作のワークフローにはどんな変化が?

村上龍さん

―― 今ご自身の作品では、リッチ化を重要な要素として打ち出しておられますが、それを作る際のワークフローには変化がありましたか? これまでのような紙の本を書くのとはまったく異なっていたりするのでしょうか?

村上龍 うーん……映画が台本・脚本がないと、各パートが準備できないのと同じで、リッチコンテンツの小説でもやっぱり、テキストが一番ベースになるんですよね。

―― 映画作りと似ている?

村上龍 いや、まあ、似てなくもないですけど。映画はもうちょっと、やっぱりこう、組み合わせるアイテムが多いので。例えば、動画も入るし、写真も入れられるし、イラストも音楽も、音も入りますよっていうのが、もちろんベースにあるんです。

 その中にあるテキスト――例えば、この『ラブ&ポップ』というテキストがあった場合に、これをさまざまある要素の可能性の中で、どれを利用して作っていくかと吟味するというのが、まず最初のステップですよね。

 だから、『ラブ&ポップ』という小説があって、それを今度は誰か新たに、最近人気のあるどこかのJ-POPの人に頼むのかとか、そういうことではないと考えています。

 それは映画のやり方なんですよね。映画化するときは、例えば『ラブ&ポップ』という曲を作ってもらうと。そういうもんですけど、電子書籍の場合はそうじゃない。『ラブ&ポップ』が持っている世界を、どういう要素の組み合わせでリッチコンテンツ化できるかを考える。そうすることで、もっと『ラブ&ポップ』が持っている本質みたいなものを伝えられるかなと。

 だから、例えばこの作品では音楽はできるだけ主張がないものを使っています。章扉で流れる渋谷の雑踏のガヤといったSEは新たに作っていたりもしますが。

―― 『ラブ&ポップ』では、商品が文中にざーっと羅列されたりとか、雑踏の「音」を「文字」として表現されています。その情報量に圧倒されるわけですが、その情報量とSEは非常に相性がいいなとわたしも感じました。そういった音を本文の該当個所で流れるようにしようという風には考えなかったのでしょうか?

村上龍 そこまでやってしまうと、Too muchかなと思うんですよね。僕が一番やっちゃいけないなと思うのは、例えば小説の中で、「村上は彼女の前でワインの栓を開けた」とかっていうと、ポンッっていう音がして。

 それはちょっと、ねえ。そういうことやってると、駄目になると思うんですよね。それがいい場合もあるかもしれませんけども。

―― そうすると、狙った効果としては、章扉のところで街の中の音を聞いて、イメージを持ってもらうと、でも、そこから1頁開くと、もう文字の世界に入っていく。

電子版『ラブ&ポップ』では、作品に登場する女子高生の象徴として、オスカープロモーション所属のモデル100人を起用。村上氏もその要素が小説の本質と本当にフィットしたと自負する

村上龍 本文には女の子の写真を配置していますけどね。あの女の子もですね、普通なら4人の女子高生の――例えばオスカーさんと組んで、トップクラスのモデルをこう、配役を決めてですね、ちょっとこうハイソックスを入ってもらって撮ったりするんですけれど――そうじゃなくて、主人公の裕美は、いってみれば代表・象徴なわけです。あのころの女子高生、17歳。だから、たくさん居た方がいいと思ったんですよ。

 要するに、もちろん「裕美」は個性のある1人の人間なんだけど、やはり象徴なんで、17歳を中心としたモデルさんたちが――本当は許せば、1000人ぐらい欲しかったんですけど、さすがのオスカーもですね、1000人は無理だったんで、100人の写真を提供していただいて。

―― 特定の容姿とかイメージに縛られない。

村上龍 もちろん、主役として想定した子はいるんですけど。僕は表紙がすごく気に入っていて。その子が小さいころの写真を提供してくれたので、そちらも採用しています。

―― もともとのテキストを書いている作業環境が変わった、ということはありますか?

村上龍 小説と変わらないですね。ただ、電子書籍専用のコンテンツというのは、われわれはまだ作っていないので。それは近々作りたいなと思います。

 小説、特に長編小説って、やっぱり、テキストを書くだけでもけっこうキツいですからね。連載ならば100回ぐらいに渡りますから。

 電子書籍に本当に向いているのは、よくデモで使われている『不思議の国のアリス』とか、ちょっと動画が入って、音が入ったりする、絵本みたいなものがすごく合っているはずです。それをオリジナルで作りたいなと思っています。全然時間がなくてまだできていませんけど。

―― 逆にその、今、これはご自身の作品以外でもいいんですけど。電子書籍を俯瞰されていて、見えてきた問題点というか。もうちょっとこうあるべきだっていうような点はありますか?

村上龍 いや、まだ黎明(れいめい)期だから、分からないですね。電子書籍が紙の本に取って代わるかどうかも分かりません。ただ、僕は紙の本は残ると思うんですけど。電子書籍がパーセンテージも勢力も影響力も増やしていくのは、間違いないと考えています。

―― そこにしっかりこう、対応していくべきである。

村上龍 うーん。まあ、僕はあんまり、他人のことはよく分かんないです。ただ僕としては、そういったマーケット的なことではなくて、個人的な表現として、非常に興味のあるツールというか、メディアと捉えています。

 とにかく『歌うクジラ』を作っている時の高揚感というか。彼らとやっているときの充実感というのは、やっぱり、ほかではなかなかなかったもんですから。

―― 今、マーケットというお話も出てきましたが、ちょっと作品から離れて、販売戦略といったようなところの話もうかがっていければと思うんですけれども。例えば、昨日(取材時)Appleが為替のレートを反映して、本も含めたすべてのアプリを一律で安くして、混乱を巻き起こしたんですが、そういったプラットフォームでの商売に対して、どういうふうに感じられていますか? 出版社や書店の流通とは、まったく違うプラットフォームだと思うんですけれども。

村上龍 いろいろ言う人はいますけど、僕はあんまり、考えたことないですね。そういうこと考える暇があったら、いい作品を作った方がいい。

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