東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴――その意図逆の明文化となるか

スキャン代行業者に対して著作権者がとうとうアクションを起こした――浅田次郎氏、大沢在昌氏、永井豪氏、林真理子氏、東野圭吾氏、弘兼憲史氏、武論尊氏の7名を原告とし、スキャン代行業者2社に対し原告作品の複製権を侵害しないよう行為の差し止めを求める提訴が東京地方裁判所に提起された。

» 2011年12月20日 18時22分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 スキャン代行業者に対して著作権者がとうとうアクションを起こした――浅田次郎氏、大沢在昌氏、永井豪氏、林真理子氏、東野圭吾氏、弘兼憲史氏、武論尊氏の7名を原告とし、スキャン代行業者2社に対し原告作品の複製権を侵害しないよう行為の差し止めを求める提訴が12月20日に東京地方裁判所に提起された。

都内で開催された記者説明会では、永井氏を除く原告6名がそろい踏みした

 訴状で被告となっているのは、「スキャンボックス」を提供する愛宕と、「スキャン×BANK」を提供するスキャン×BANKの2社。全事業の差し止め請求ではなく、あくまで訴状にある原告作品群に対する複製行為の差し止め請求となる。損害賠償の請求は行われていないが、訴訟費用は被告の負担とする旨が訴状に記されている(訴訟物の価額が1120万円となっていることを付け加えておく)。

 「対象となる作品は訴状にリストされたもので、すべてではないが、気持ちとしては作家についての全作品という認識」(同事案の弁護団の一人、久保利英明氏)

 自炊業者なとども呼ばれるスキャン代行業者は、紙書籍を裁断・スキャンして電子化するサービスを代行する業者。この問題について触れる前に、これまでを簡単に振り返っておこう。

 スキャン代行とは、自炊を代行することを意味する。ここで言う自炊とは、紙の書籍を電子化する行為を指す。データとすることでスマートフォンやタブレットなどで読めるようになり、物理的な置き場所もなくせることから一部のユーザーから支持を集めていた。スキャナーの高性能化などもあり、2010年辺りから徐々に一般的なものとして知られるようになり、その過程で“自炊”という言葉が用いられるようになった。

 そうした人気の高まりを受け、それを代行する業者も登場するようになった。機材をそろえるコストや、クオリティの高いものに仕上げるためには一定の経験を要することから、それらを格安で代行する業者はすぐに話題となり、2011年9月には約100社にまで増加した。

 ここで問題となったのは、著作権法違反ではないかというものだ。著作権法では、著作物の私的使用を目的とする場合は、その「使用する者が複製することができる」と定められている。このため、ユーザーが自分で“自炊”を行うことは何ら問題なかったわけだ。しかし、代行業者は“使用する者”ではないため、著作権法の複製権侵害に当たるというのが問題のおおまかな説明だ。条文に当たれば違法だが、これまでは判例もなく、グレーゾーンでの運用が続いていた。著作権侵害を回避するためのアイデアも登場してはいたが、スキャン代行業者を複製の主体とみなす判例を作ろうとするのが今回の提訴の目的といえる。

スキャン事業者の行為は原告らの作品の市場に悪影響を及ぼすと指摘

 今回の提訴に至る前の2011年9月。出版社7社と作家・漫画家122人はスキャン代行業者に対して質問状を送付している。このときの質問状は「出版社からスキャン代行業者への質問状を全文公開、潮目は変わるか」に掲載したので詳細はそちらに譲るが、趣旨としては、著作権者が許諾していない作品をどうするつもりなのか回答を求めるものだった。

 これに対し、回答があった業者のほとんどは「スキャン事業は行わない」と回答していたが、「今後も依頼があればスキャン事業を行う」とした業者が2社あった。それが今回被告となった2社だ。このため、特に悪質だとみなされ今回提訴されたといえる。実際にこの2社が原告の作品をスキャンしていたかどうかは確認されていないようだが、「今後も依頼があればスキャン事業を行う」と回答していることで、その悪質さが裁判所にも認められると弁護団は考えている。原告の数を7名に厳選したのは弁護側の効率を重視したためだが、推移を見つつ必要に応じてアクションを起こしていくとしている。

 「電子書籍については今まさにラインアップを充実させる過程にある。その健全な発展のためにも、例えばDRMの施されていないものが大量に不特定多数にわたる状況に一定のルールが必要」(弁護団の福井健策弁護士)

 少し切り分けておくと、今回の訴訟では幾つかの問題が混同して語られている。基本は著作権(複製権)侵害なのだが、違法コピーがもたらす市場への脅威にも話題が及んでいる。ここでいう違法コピーに相当するものは2つ、電子化されたデータそのものと、スキャンのために裁断された書籍だ。一般に、電子化されたデータにはDRMが掛かっておらず、また、裁断済み書籍を依頼者に返却するスキャン代行業者も存在し、それらが違法流通していると指摘する。実際、被告の2社は裁断済み書籍を返却していたようだ。

 記者説明会の会場にはオークションに出品されていた裁断済みの本が大量に並べられていた。実際にこうした行為を行っているのはユーザーである可能性も高く、あくまで「こんな状況がある」というのを示すためのものでしかないが、それに間接的にでも関与し得るスキャン代行業者には一定の非があるという論調だった。ユーザー自身が自分でスキャンしていたら、著作権者には一銭も入らないのに、業者がスキャンしたら損害であるというのはやや合理性に欠ける部分もあるが、その辺りを違法流通への懸念として“丸めた”ように思う。実際、今回の訴状では、スキャン代行業者に依頼したエンドユーザーの責任などは趣旨と外れることもあって特に触れられていない(共同主体と仮定されている程度)。

「電子書籍が普及しても、違法スキャン業者はなくならない」――東野圭吾

大沢在昌氏 「電子書籍事業が業界全体にとってプラスに働くために絶対に海賊版の普及を食い止めなければならない」と大沢氏

 また、今回の訴訟に出版社の名前がないことを不思議に思う方もいるだろう。これは、出版社は作品の著作権者ではなく、基本的には出版権を有しているに過ぎず、原告として適格がないためだ。著作隣接権が出版社に認められれば話も違ってくるだろうが、そうではない現時点では、質問状などで著作権者の作家と歩調を合わせる程度しか打つ手はないということもできる。

 久保利弁護士の言葉を借りて表現すれば「出版社には差し止めを求める法的な権限が本当にあるのかといえばそれは疑問であるという声もある。現時点では出版社が原告となって差し止めを行うことは難しいと考えている」ということだ。

 一方、日本の電子書籍市場がきちんと立ち上がっていれば、こんな問題も起こらないのではないかという声もある。これに対し作家の大沢氏は次のように述べている。

 「電子書籍については、作家ごとに考えが違う。ここにいる作家の中にも電子書籍化を許諾していない方もいらっしゃる。私の著作は一部電子書籍化されているが、片っ端から電子書籍化していいと考えているのではなく、デバイスの普及や利益の問題などを考えて取り組む必要がある。作家が電子版を許可されない一番大きな憂慮はやはり海賊版の問題。正直言って、紙の出版社はいままで電子書籍事業に乗り気ではなかった。本というのは紙でできているから本なのだという考えから電子書籍に抵抗を持つ方は出版社の中にも作家にもいる。しかし一方で、電子書籍の利便性や市場が広がっていく中で、出版社や作家がそれと無関係でいれるのかといえばそうではないだろう。それに対して積極的に関係して利益を追求していくことを考えていく必要はある。電子書籍事業が業界全体にとってプラスに働くために絶対に海賊版の普及を食い止めなければならない。その最も大きなきっかけとなりかねないのがスキャン事業であり、だからこそ重要だと考えている」と述べた。

東野圭吾 「電子書籍が普及しても、こうした違法スキャン業者はなくならないと個人的に思っている」と語気を強める東野氏

 大沢氏に続いて、「大沢さんがおっしゃった“電子書籍化を許諾していない方”です」とマイクを手にしたのは東野氏。同氏は「この問題に関しては、個人的には電子書籍と全然関係がないと考えている。電子書籍についてはまったく別のところで議論するべき」とした上で、「電子書籍を出さないからこういうことが起こるのだという声に対してはこういいます」とし、一呼吸置いて強い口調で次のように述べた。

 「売ってないから盗むのか! こんな言い分は通らない。私は電子書籍が普及しても、こうした違法スキャン業者はなくならないと個人的に思っている」(東野氏)

 「スキャンは許さないとおっしゃっているすべての作家に対して、この訴訟が実質的な効果を持つだろうと考え限定的に訴訟を起こした」と久保利氏。発表会後に弁護団に話を聞くと、和解などはまったく考えてないようだ。条文では明確に違法なのだから違法化、あるいは「逆の明確化」がなされれば、後はそれに従って進んでいくことになる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.