2月1日から紀伊國屋書店BookWebPlus(Kinoppy)で、文化庁 eBooks プロジェクトの配信が始まった。2月1日から3月3日まで無料で配信されており、ダウンロードできるのはこの実験期間中のみとなっている。
この文化庁 eBooks プロジェクトとは、「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する実証実験」の一環として、国立国会図書館デジタル化資料を用い、著作権などの権利処理から電子書籍の制作・配信までを行い、新たなビジネスモデルの可能性を検証するため課題抽出や有効策を明らかにしようというものだ。
今回配信が開始されたのは以下の7作品。いずれも国立国会図書館デジタル化資料で、アクセス数や館内閲覧実績の多い作品だ。「公序良俗を乱す」という理由で製本中に発禁処分を受けた「エロエロ草紙」をはじめ、当時の文化などを今に伝える貴重な資料でもある。
なお、2月8日からは、以下の6作品も配信される。
国立国会図書館デジタル化資料は、資料として保存することを主眼に置いており、書籍としての可読性はあまり考慮されていない状態になっている。例えば「絵本江戸紫」は、下部にメジャーや「ガラス使用」といった札が置かれているなど、まさに”資料”といった体裁。これを今回の文化庁 eBooks プロジェクトでは、こうした画像データをきれいにトリミングして電子書籍(EPUB)化し、”本”としての体裁を整えた状態にしている。つまり手間をかけてリパッケージしているのだ。
阿蘭陀書房発行の「羅生門」初版は、結末が現在広く知られた版とは異なる文章になっている。このため、新字新仮名の青空文庫版を併載し、読み比べができるようにしている。
「コドモのスケッチ帖 動物園にて」は、国立国会図書館デジタル化資料からは挿絵を使用し、文章部分は青空文庫のテキストを使用した”ハイブリッド型”の電子書籍になっている。リフロー型で制作されているので、もちろん文字の大きさも変更できる。
「平治物語〔絵巻〕」は絵巻物だが、国立国会図書館デジタル化資料ではページ単位に寸断された形で配信されている。これを文化庁 eBooks プロジェクトでは、実物そのものを読むように途切れることのないスクロール型で提供する試みをしている。
ページ単位で表示されるのは文化庁 eBooks プロジェクトの場合も同じだが、Kinoppy for iOSで表示した場合は、画面から指を離さなければ切れ目なく見えるようになっている。
余談だが、一般的な電子書籍のビューワは紙の本を再現するところから出発しているため、左右にページ単位で画面を切り替える形になっているものがほとんどだ。しかし、文化庁 eBooks プロジェクトの「平治物語〔絵巻〕」のような作品を読む場合は、途切れなく横スクロールして欲しいように思う。もちろん現状でも画面から指を離さなければ擬似的に絵巻物的な読み方ができるが、指を離すと途端に「ページ」単位での表示になってしまう。
Kinoppy for Windowsには「スクロール」というモードがあり、横書き文章を読む場合であれば縦方向へ途切れなくスクロールできるようになっている。つまり「ページ」の概念が消えている。インターネットブラウザで記事を読むときと同じように、縦方向へ途切れなくスクロールするのだ。例えば、パブーで配信されている「西遊少女」のような作品を読む場合には、このスクロールモードが最適だろう。
しかし、残念ながら「平治物語〔絵巻〕」を読む場合には、ただ単にページ単位で縦スクロールするだけになってしまうため、スクロールモードだとかえって読みづらくなってしまう。ちなみにiOSの「iBooks」にもスクロールモードがあるが、こちらも横方向ではなく縦方向にスクロールしてしまうため、絵巻物を読むには適さない。
今後、電子書籍のビューワに「ページ」の概念を取り払った途切れなく横スクロールできるモードが搭載されるようになると、この「平治物語〔絵巻〕」のような巻き物スタイルの新たな作品が生まれるようになるのではないだろうか。
国立国会図書館は、補正予算127億円を利用して既に220万冊以上の蔵書のデジタル化を終えており、膨大なデジタルアーカイブが存在している状態だ。しかし、こういった古い書籍で問題になるのは、作品の権利者がどこに存在しているのか分からないというケース。二次利用するための許諾を取りたくても取れない、いわゆる「オーファン(権利者不明作品)」問題だ。
今回のプロジェクトは、こういった古いデジタル化資料をきっちり権利処理し、EPUB化のみならず青空文庫などほかの資料と組み合わせる工夫によって、どれだけ市場性を持たせることができるかを実地で検証することが目的だ。
海外では、Google Book Scanプロジェクトが、一説には既に2500万点を超えていると言われている。欧州だと「ヨーロピアーナ」が、メディア横断で2000万点超のデジタルデータを所蔵をしており、前述のオーファン対策や権利情報データベースなど意欲的な対策を打ち出しているという。
2012年の著作権法改正で、国会図書館の所蔵する資料のうち、絶版などの理由で一般に入手が困難なものを、全国の公共図書館や大学図書館に配信し、利用者に閲覧させることが可能になった。配信の体制が整うことなどを考えれば、実現までにはまだ少し時間が必要だろうが、これは注目したい動きだ。あくまで入手困難なものを配信対象とすることで、市場のクリエイターへの悪影響は抑えられ、かつ埋もれた作品に光を当てる機会を図書館から提供するという面白い試みだ。図書館の価値を再考することにつながるだろう。その露払いのような今回の実証実験の反応も注目される。
フリーライター。ブログ「見て歩く者」で、小説・漫画・アニメ・ゲームなどの創作物語(特にSF)、ボカロ・東方、政治・法律・経済・国際関係などの時事問題、電子書籍・SNSなどのIT関連、天文・地球物理・ロボットなどの先端科学分野などについて執筆。電子書籍『これもうきっとGoogle+ガイドブック』を自己出版にて配信中。
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