電子出版でコンテンツ・ビジネスの未来はどう変わる?CMT CONNECTIONレポート

漫画家の赤松健氏と、講談社から独立し作家のエージェント会社を設立した佐渡島庸平氏がパネルディスカッション。その未来を語った。

» 2013年03月04日 08時00分 公開
[鷹野 凌,ITmedia]
CMT CONNECTION CMT CONNECTION

 2月27日、「第6回 CMT CONNECTION 電子出版が創るコンテンツの未来 〜クリエイター・エージェント・プラットフォームの最新動向〜」と題したセミナーが行われた。経済産業省関東経済産業局の補助事業として行われているCMT(Creative Market Tokyo) CONNECTIONは、デジタルコンテンツ分野のクリエイターを中心とした産学官金のネットワーク構築を目的とするビジネスマッチング交流会だ。

 今回のセミナーでは、電子出版の領域に焦点を当て、漫画家でJコミ代表の赤松健氏と、講談社から独立し作家のエージェント会社コルクを設立した佐渡島庸平氏をパネリストに迎え、ジャーナリストまつもとあつし氏をモデレーターとしたパネルディスカッションと、セルフパブリッシングプラットフォームを展開している企業のサービスや事例に関するプレゼンテーションが行われた。

  冒頭、まつもと氏から概況説明として、出版を巡るバリューチェーンが紙と電子で変化していること、コンテンツの流通過程の変化、出版物が膨大な数になったことで、作品や著者がいかにして発見されるのか(discoverability)が課題になっていること、制作コスト=リスクを誰がどのように負担するのか、編集者やエージェントが今後果たすべき役割、といったこれまで電子出版の市場で幾度となく議論となった点の説明が行われた。


コンテンツとメディアの関係性と問題点についての資料

 序盤のテーマは、「電子出版プラットフォームでビジネスがどう変わるか?」というもの。これに対し佐渡島氏は、電子出版によって今後ビジネスは大きく変わると思ったから独立して会社を作ったが、恐らく世の中が変わるまで4〜5年かかるだろうという見解を示すと、赤松氏が「その4年間収入はどうするのか? 自分なら(講談社は)辞めない」と現実を見据えたジャブを繰り出した。

 自身も絶版となった漫画に広告を入れて無料で公開するJコミを展開している赤松氏だが、電子書籍に対する見解は、「電子書籍は売れっこない」というもの。所有できない電子データに対し高いお金を払うことが普通になるとは思えないというのがその根拠だ。売れるのはせいぜい、巻数が多くて場所をとる場合や、気恥ずかしくて本棚に並べることがはばかられるアダルトジャンル、あるいは1冊100円程度の安価なものだけ、とも。また、漫画誌が売れなくなったことで出版社が新人育成機能を果たせなくなってきた現況や、ランキング上位でないと売れない=下位の作品を知ってもらう機会がないため「新人はますます不利になる」という問題点を挙げた。


コルク代表の佐渡島庸平氏(左)と、漫画家の赤松健氏(右)

 これに対し佐渡島氏は、以前はYahoo!オークションに多く出品されていた古本が急速にその数を減らし、Amazonのマーケットプレイスへ移行しているとし、ユーザーはコンテンツの価値だけではなく「便利さ」も買っていると反論。つまり、不便さが解消されていくにつれ、電子書籍も売れるようになるという見解を示した。ただ、それにはまだ4〜5年かかるだろうと繰り返した。

 佐渡島氏が講談社にいたころ、新人育成のための「月間研究費」がなかなか出なくなってきていたそうだ。実際のところ、漫画誌は大赤字で、コミックの売り上げで補填しているのが現状で、今後ますます新人育成はしづらくなる、だからコルクでは新人育成の役割を担おうと考えているという。また、今後はネットを使ったプロモーションが重要だが、出版社にはそのノウハウがないのと、ちょっとした意思決定でも時間がかかるため、講談社にいたままでは難しいと判断したそうだ。

 出版社は、少ない編集者で多くの作家を抱える構造によって収益を上げていると佐渡島氏。結果、編集者がちゃんと打ち合わせできていない作家が増えてしまっているそうだ。佐渡島氏としてはむしろ「ファーストクラス」な編集サポート体制を構築し、作家よりサポートする人の方が多いような状態にしていきたいという。それに対し赤松氏は若干懐疑的ではあったが、実現できるなら作家としては理想的だと感心していた。

世界標準に合わせて変えるのではなく漫画文化そのものを輸出

 これに続く論点は、「電子出版プラットフォームが作品に与える影響」について。例えばスマートフォンやタブレットでは、日本の漫画でよく用いられる”見開き”効果が使いづらい。また、ブラウザ上で見るような”縦スクロール”によって話を読み進めていくような作品も生まれつつある。しかし、赤松氏は、そういった変化に対する抵抗勢力でありたいという。

 ”クールジャパン”という掛け声で、日本文化の輸出によって外貨を稼ごうという動きがあるが、日本の漫画文化によって育まれてきた表現技法を”世界基準”に合わせて変えてしまうのではなく、日本の漫画文化そのものを輸出していけばいいのではないか、と赤松氏。例えば、かつて赤松氏の作品が海外へ輸出される際は、勝手に絵を左右反転させ左綴じにしたものが売られていたそうだ。また、入浴シーンでは勝手に水着が描き足されていたりしたという。ところがしばらくすると、反転なし・右綴じで、水着もない、日本で売られているものに非常に近い形のものが流通するようになっていたそうだ。

 佐渡島氏も、いまはスマートフォンやタブレットが普及して、それが当たり前になりつつあるが、10年前はそうではなかったのだから、短期的なところで無理に今のやり方(表現技法)を変えてしまう必要はないという意見だった。

 かつてはメジャーになるには出版社への「持ち込み」や「新人賞への応募」といった手段しかなかったのが、インターネット時代になり「才能が見つけやすく」なったと佐渡島氏は話す。編集と作家には相性があり、持ち込みで見た時に自分はピンとこなかった新人が、他誌でメジャーデビューしていまや売れっ子作家になっている事例もあるそうだ。作品発表のハードルが低くなったことで、物量に埋もれてしまいユーザーに見つけてもらうのが難しくなったが、言い換えれば編集者が自分で新人を探す手段を手に入れたとも言えるだろう。「持ち込み」や「新人賞への応募」を待つ必要はなく、ひとりでに耀き出す才能を見つけ、それをどうプロデュースしていくかが今後の編集者、あるいはエージェントとしての力量だと感じさせる内容だった。

 無名な個人が一人でできることには、自ずと限界がある。作品の制作からプロデュースまで、何もかも一人でできてしまうのはほんの一握りで、現在電子出版の領域でよく話題に上る景気のいい話は、そうした部分が強調されて取り上げられているに過ぎず、万人に当てはまる話ではない。だからこそ、出版社や編集者、エージェントやプラットフォームといった、さまざまな役割を分担してくれるプレイヤーが存在するのだ。この会の後半では、パブーニコニコ静画E★エブリスタといった、UGC(User-Generated Contents)と中心としたセルフパブリッシングの支援を行なっている企業のプレゼンテーションと名刺交換会が行われたが、来場者が名刺交換のために行列をなしているのが非常に印象的だった。会の冒頭、まつもとあつし氏が「(電子出版の本格化が)ようやくはじまったのかな、という気がする」と仰っていたが、まさにそういう兆しを感じさせる会だった。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.