「ゲームセンターあらし」を無料連載、その意図とは? 太田出版の“web連載空間”「ぽこぽこ」に迫る(1/3 ページ)

今春、突如としてWeb上で連載が始まった「ゲームセンターあらし」。約30年前に連載された内容を、そのまま週刊連載するというこの試みはどのようなきっかけで生まれたのか。掲載先である太田出版「ぽこぽこ」ディレクターの林和弘氏に話を聞いた。

» 2013年05月13日 08時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]
ぽこぽこ

 30〜40代の読者にとっては懐かしいゲーム漫画『ゲームセンターあらし』のWeb連載が今春スタートした。約30年前に小学館のコロコロコミックなどで連載された内容を、そのまま週刊で連載するユニークな試みだ。昔のファンにも、そしてあらしを読んだことがない読者にも、毎週無料であらしワールドが楽しめる、実に嬉しい企画である。

 このあらしの掲載先が、太田出版の運営するサイト「ぽこぽこ」だ。作品に対するコメントを吹き出し形式で表示できるユニークな仕組みを持つ同サイトは、オープンから現在までおよそ2年間、新作だけを掲載してきた。そこに今回、旧作に当たるあらしが加わったことは、これまでの方向性を考えると意外な展開だ。しかも、扉ページを除き、広告もまったくないというから面白い。

 この「旧作を新作として連載する」試みはどんな発想から生まれたのか。ぽこぽこの立ち上げを担当し、あらし連載の仕掛け人でもある太田出版ディレクターの林和弘氏に話を聞いた。

「紙の二軍」じゃないWebを

太田出版ディレクターの林和弘さん 太田出版ディレクターの林和弘さん。手前にはインベーダー・キャップが

── 最初に、「ぽこぽこ」のスタートからお伺いします。ぽこぽこがスタートしたのが2011年4月、今からちょうど2年前ですが、どういう経緯で立ち上げになったんでしょうか。

 当社は『マンガ・エロティクス』という、(漫画家の)山本直樹さんがスーパーバイザーを務めている雑誌があって、その後『マンガ・エロティクス・エフ』と改題して現在に至るのですが、漫画雑誌はそれしかなく、新媒体を立ち上げたいという思いがずっとあったんですね。その新媒体をWebでやれないか、という構想自体はあったんですけど、なかなか実現しなかったんです。

 そこに人事異動があって、『コンティニュー』という雑誌の編集長をやっていた僕がWebマガジンをゼロから立ち上げることになったんです。それで『マンガ・エロティクス・エフ』にもご参加いただいている(漫画家の)古屋兎丸さんにご意見をいただきながら、ミーティングを重ねてアイデアを出し合ったんですね。せっかくWebでやるだから複数カ国語版を同時公開して、海外の読者とつながるのはどうだろうとか。ただ、いい加減な訳だと作品自体がダメになってしまうので、さすがに片手間では無理だろうとか。

 そんな中で古屋さんから、「読者からコメントをつけられるのはどうだろう?」というアイデアが出まして。それを受けて「コメントシステムを目指そう」という話になったのが、オープン前年の、2010年の夏ぐらいです。

 課金は最初から考えていませんでした。課金した瞬間に読者が来なくなっちゃうのでタダでやる。ただし一流の漫画家さんにご参加をいただき、原稿料もきちんとお支払いする。今でこそ少なくなりましたけど、ぽこぽこを立ち上げた当時は、出版業界に「紙が一軍、Webは二軍」という認識が明確にあったと思うんですね。だから僕たちは、決して「紙の二軍」ではないWebを作る。しかも無料公開。最終的には単行本を売ることでペイさせる、ものすごく分かりやすいビジネスモデルなんです。広告を取るという発想もなく、あくまでも作品力勝負ですね。

── コメントが吹き出しで表示されるシステムは、どんな経緯で生まれたんでしょうか。

 最初はもろにニコ動と同じ、コメントが右から左に横に流れる方式でシステム開発会社に発注直前だったんですけど、ある知り合いにそれを見せたら、「そんな二番煎じみたいなことやっても駄目でしょ、志が低すぎる」と言われちゃって(笑)。じゃあどうしようと雑談していたときに、その人がポロッと「漫画なんだから吹き出しにすればいいじゃん」と言いまして、その瞬間にイメージがパッと浮かんだんです。

 漫画って、昔は(週刊少年)ジャンプとかみんなで覗き込んで読んでいましたけど、歳も取るとそういう機会もない。でも、こうやって吹き出しでコメントが入っていると、みんなで読んでいるような気になるんですよね。そういう、みんなで読むというスタイルを持ってこられるのは新しいし、しかも、ちょっとバカバカしいぞと(笑)。

 ビューワの指定した位置に吹き出しを出すことも技術的に可能なことが分かったので、吹き出しコメントシステムに転換したのが2010年の9月ごろでした。そこからは早くて、ビューワやパレットの形状、吹き出しの種類、色の数などの調整くらいでしたね。とにかく「読者がコメントを書ける」「しかも漫画だから吹き出し」という発想にたどりつくまでが長かった。

 ぽこぽこって、吹き出しがポコポコ出るからこの名前なんですが、最初は横文字のかっこいい名前を考えていたんですよ。「なんたらカルチャーステーション」みたいな(笑)。社内公募をかけてもスタイリッシュな名前ばかりで。ところがその際にみんな、「吹き出しがポコポコ出るから……」と言ってる。Webって、ニコニコ動画や2ちゃんねる、はてなみたいに、フワッとした名前が多いですし、じゃあ思い切ってぽこぽこでいいんじゃないかと。

 実は最初は「ぽこぽこマガジン」だったんです。ただ、“マガジン”とついた瞬間に「どういう編集長がいて、どういう読者層にアピールする」みたいな媒体感が強くなっちゃう。ぽこぽこは面白い作品が常に読める「場」として縛りなく機能してほしかったので、名前からマガジンを省いたんです。

── サイトのオープンはiPad発売の翌年、電子書籍が注目を浴び始めたころですが、いまのお話を伺っていると、特に電子書籍を意識していたわけではないんですね。

 そうですね、あくまで最終的なアウトプットは紙という前提でした。コメントが入れられるのでニコ動と比べられますけど発想が違っていて、僕らは徹頭徹尾、ぽこぽこを“いい作品を生み出すための場”として考えているんですね。無料で面白いものを提供、読者がコメントを書いて大盛り上がりしてハイおしまいではなく、いい作品を生み出すための場として機能しなければ意味がない。

 だから例えば、ぽこぽこではコメントはすべて担当編集者がチェックしてから公開される仕組みになっています。著者からすると、どんなコメントが公開されているか分からないのは精神的にしんどいはずなんですね。心が折れる人はそこで折れてしまう。コメントがすぐに公開されたら読者は嬉しいでしょうけど、読者サービスをすることで作家さんのモチベーションを下げるのは完全に本末転倒なので、僕らとしてはそこは譲れないスタンスなんですね。

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