「編集者は原点回帰せよ」――電子出版の未来のために、今必要なこと東京国際ブックフェアリポート

東京ビッグサイトで7月3日から開かれている「国際電子出版EXPO」。2日目は、eBooksフォーラムセミナーが行われた。

» 2013年07月05日 16時48分 公開
[渡辺まりか,ITmedia]

 東京ビッグサイトで開催中の「国際電子出版EXPO」。展示だけでなく、さまざまなテーマで議論されるセミナーも用意されているが、2日目には、「緊急特別企画! 電子出版最前線2013、そして未来はどうなるのか! 〜現場を知り尽くしたプロフェッショナルたちが熱く語る〜」と題したセミナーが開催。モデレーターにインプレスホールディングスの取締役・北川雅洋氏を、スピーカーとして、アマゾンジャパンkindleコンテンツ事業部長・友田雄介氏、PHP研究所デジタル事業推進部チーフディレクター・太田智一氏、そしてGene Mapper 発行人の藤井太洋氏を壇上に迎えたセッションだ。

インプレスホールディングス取締役・北川雅洋氏

 まず、北川氏が日米を比較した多数のグラフにより、日本の電子出版の理想的な未来を予想した。


 日本の電子出版と米国のそれとでは、現在、7.5倍の規模の格差がある。kindleストアに登録されているタイトル数も、日本の12万108作品に対して米国では191万6694作品と、圧倒的な差がある。米国では、電子書籍が売れ始めた2010年以降、電子書籍だけでなく、紙の書籍の売り上げも確実に伸びてきている。

 ただ、日本の出版業界では、「電子化されたら、音楽と同じように市場縮小の道をたどるのではないか」という懸念があることにも触れ、米音楽業界の売上推移のグラフが示された。しかし、そこに書籍の売上を重ねたところ、まったく市場の動きが異なっていることが明らかになった。


 セッション後に同氏に話を聞くと、20代の若者の方が文字をよく読んでおり、彼らを100とすれば、50代では60程度しか読んでいないのでは? と推測しているという。若者は、スマートフォンやPCなどでテキストを読むことに慣れており、まとまったコンテンツとしての電子書籍から紙の書籍への購買につながっているのかもしれないと話してくれた。

 また、電子書籍リーダーの販売数が頭打ちになっていることから市場が縮小するのでは? という声が聞こえていることについて、「リーダーだけではなく、スマートフォンや汎用タブレットで閲覧できることが知れ渡ってきている結果であり、手持ちの端末で読めることが分かったからには、今後ますます電子書籍市場の規模は拡大していくと思われる」という見方を示した。

 話をセミナーに戻すと、今後、日本の電子出版も米国のそれを追う形になると予測されるが、そのために克服すべき課題も見えてきている。

 1つは、コンテンツの見つけにくさ。リアルな書店であれば、物理的な場所の許す限り、上手に書籍が配置され、それぞれが適切に露出するよう工夫されているが、「kindleストアではとても見つけにくい」(北川氏)。また、紙の出版と同じ考え方をしていては伸びず、根本的な考え方を変える必要がある。それらの課題を克服することで、紙の出版の売り上げのこれまでのピークを越えていくのがこれからの目標だ、と締めくくった。

アマゾンジャパンkindleコンテンツ事業部長・友田雄介氏

 次に友田氏がkindleについて熱弁を振るった。同氏は、kindleという名称は決して端末を指すのではなく、サービスの名称であることを強調した。

 端末の方のkindleについて、米国ではkindleオーナーの方がより多くの紙の書籍を購入する、という調査結果が出ていると説明。ある人がKindleを手にする前の1年間で購入した紙の書籍を「1」とすると、Kindleを手にしてからの1年間では、2011年では4.62倍も購入しているとし、電子書籍が紙の書籍の足を引っ張るわけではなく、むしろ「電子書籍を買ったが同じ紙の書籍も読みたくなった」という読者が多く、売り上げを牽引する効果があることを説明した。


 また、電子書籍を紙よりも遅らせて発行した場合と、同時に発行した場合の比較の数字も示された。例として挙げられたのは集英社刊『アド・アストラ』で、(実際の売上数を述べることができないため指数で示された)前者の紙の書籍売上数を100とした場合、遅らせて発行した電子書籍版の売り上げは39であったのに対し、後者では紙が128、電子が331と全体で4.5倍もの売上数の違いがあった。


 このように、同時出版は、紙と電子双方で販売機会損失となるのではなく、相乗効果で売り上げを伸ばせることが明らかになったとし、内部的な事情で同時出版できないとしても、「いつ電子版の配信を開始するのか」をアナウンスしておくだけでも効果が期待できる、と締めくくった。

PHP研究所デジタル事業推進部チーフディレクター・太田智一氏

 続いて、電子出版の仕掛け人ともいえる太田氏は「デジタルファースト」を掲げるきっかけについて、自身の体験を交えて語った。2007年、iPod touchやニコニコ動画を「出版社にとっての驚異だと感じた」と同氏。なぜなら、この端末があれば、豊富なコンテンツで飽きずに時間を費やせるし、ニコニコ動画も(基本)無料で何時間でも視聴できる。では、本はどこに入り込む余地があるだろうか。

 そこで、それを逆手に取って『ドアラのひみつ』というネットで人気を集める作品を紙書籍で販売することにした。それが大ヒットし、手帳も含め、次々に紙にしかできないものを表現してきたが、デジタルファーストに取り組みたいと思いつつ、それができなかった。その理由は「技術対応力の欠如」にあったという。

 2010年時点で、編集者はもらってきた原稿の校閲などしかできなかったが、デジタルファースト時代では「開発、デザイン、技術対応」と執筆以外の出版に関することすべてに対応できる人材が必要であり、これは実は編集者の「原点回帰」であると考えていると述べ、そうした回帰により北川氏の掲げた目標「紙の売り上げのピークを越える」という目標を達成できると考えている、と締めくくった。


Gene Mapper 発行人/セルフパブリッシャー・藤井太洋氏

 最後に、セルフパブリッシングで『Gene Mapper』を出版し、SF小説というジャンルで9300部を売り上げた藤井氏がどのように出版に至ったか、その経緯を説明し、そこから見えてくる課題を浮き彫りにした。

注)グラフの中で「2012年3月」「2012年4月」とあるのはそれぞれ「2013年3月」「2013年4月」を指す

 この間、すべて一人で作業したのかとの問いに、できあがったものを校閲を兼ねて友人に読んでもらった以外、日本語に関しての作業はすべて一人で行ったと回答。台湾での販売は現地のエージェントなどに入ってもらったと説明した。

 ただ、自分ですべてできたからといって、それで良いと考えているわけではなく、「校閲などは確実に第三者にしてもらう必要がある」と藤井氏。そのほかにも露出させるために、「genmapper」ドメインを取得し、自分が配信者であることをアピール。FacebookやTwitterで、少しずつ違う内容で告知をし、それからリスティング広告を行うなどそれなりの苦労があったことも明かした。

 いずれにせよ、セルフパブリッシャーとして始めたことが1年足らずで紙の書籍発売につながり、1つのモデルを確立できたと感じる、と締めくくった。

 藤井氏の場合は一人ですべてを行う、いわば「マルチタレント」として成功したわけだが、それをすべての作家ができるわけではない。出版社は「書く以外のこと」をすべて引き受けられるプロになることで生き残っていけるのではないか、むしろ作家が執筆に専念できる環境をプロとして整えるのがこれからの編集者・出版社の道であり、紙の出版で蓄積されたノウハウを生かしつつ、役割を再定義することで、電子出版にとっての明るい未来が見えてくるとまとめられた。

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