コラム
» 2013年10月11日 08時00分 公開

追悼:富田倫生さん――書籍の「青空」を夢見て走り続けた人 (2/2)

[まつもとあつし,ITmedia]
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引き継がれる富田氏の願い

 萩野氏が講演の中で紹介した富田氏の映像は、自らの死が迫ることを知る富田氏からの胸に迫る訴えかけだった。青空文庫を支えるのは、著作権の期限が切れた作品群と、その入力と校正を行うボランティアだ。「古い船は新しい水夫を求めています」というウィットに富んだ表現で、富田氏は青空文庫への協力を呼びかける。

電子出版という新しい手立てを友として、私たちは〈青空の本〉を作ろうと思います。
青空の本を集めた、〈青空文庫〉を育てようと考えています。
青空の本は、読む人にお金や資格を求めません。
いつも空にいて、そこであなたの視線を待っています。
誰も拒まない、穏やかでそれでいて豊かな本の数々を、私たちは青空文庫に集めたいと思うのです。
先人たちが積み上げてきたたくさんの作品のうち、著作権の保護期間を過ぎたものは、自由に複製を作れます。
私たち自身が本にして、断りなく配れます。
一定の年限を過ぎた作品は、心の糧として分かち合えるのです。
私たちはすでに、自分のコンピューターを持っています。電子本作りのソフトウエアも用意されました。自分の手を動かせば、目の前のマシンで電子本が作れます。できた本はどんどんコピーできる。ネットワークにのせれば、一瞬にどこにでも届きます。
願いを現実に変える用意は、すでに整いました。
青空の本となりうるのは、著作権の切れた作品にとどまりません。
書き手自身が「金銭的な見返りは求めない」と決めるなら、新しい作品をたった今、開くことも可能です。
一方で古典の書棚を耕しながら、もう一方で新しい書き手の作品を引き受けることができれば、空にはいつも清々しい風が渡るでしょう。

 追悼イベントの冒頭、基調講演の最初に登壇したのは、国立国会図書館前館長の長尾真氏だった。「長尾プラン」とも呼ばれた、蔵書の電子貸出で思い切った構想を唱えた長尾氏が、2007年から5年間の在任中に注力したのが、電子書籍の納本制度、蔵書の電子化や公共図書館への配信に不可欠な著作権法の改正、電子貸出のためのインフラの整備だった。国立国会図書館の資料は約4000万点、そのうち電子化が急がれるのは900万点とされ、更に4〜500億円の予算が必要だと氏は指摘している。

 映像・音源・脚本等も広くカバーするなど資料のジャンルやその規模は異なるが、「知識は万人のものである」という信念は富田氏も同じではなかっただろうか、と長尾氏は語り、富田氏の青空文庫に賭けた思いや貴重な努力を継承していかねばならない、と講演を締めくくっている。

 イベントでは、青空文庫の活動を将来にわたって支援するため「本の未来基金」の設立も宣言された。広く寄付を募り、現在、大量に「校正待ち」となっているテキストデータの速やかな公開を図るため、外部の専門家に有償で作業を依頼するほか、人材育成、サーバーインフラの維持・改善に当てるという。既に、40を超える団体から協賛、206件の寄付が寄せられており、送金手数料を除き192万円余りが集まっている。

著作権の再構築は不可避

 講演の最後を締めくくったのは、弁護士の福井健策氏だ。講演後に「富田さんとの思い出話は尽きない。でも、いまは彼の思いを受け継ぐための話をしたかった」と思いを述べた福井氏は、現在TPP交渉で検討が進んでいるとされる著作権の保護期間延長について問題点を指摘した。著作権の保護期間が終了した作品を扱う青空文庫にとっても、この問題は非常に大きなものだ。

 福井氏は「知財が大きな輸出産業となっている米国は、この期間延長に積極的である一方、TPP交渉参加国は慎重な姿勢を崩しておらず、遅れて交渉に参加する日本が与える影響は大きい」とする。

 延長のメリットとされる「創作の意欲」が高まるという説も、「死後50年〜70年経っても刊行される書籍はわずか約2%、延長による遺族の収入増加率も1%未満に留まる」という数字を紹介しながら、以下の3点を懸念点として挙げた。

  • 国際収支の赤字が拡大する
  • 二次創作の泉を枯らしてしまう
  • 死蔵作品が増えデジタル化が停滞する

 ここ1年で日本の知財国際収支は6100億円の赤字となっている。北米向けのディズニー作品、ハリウッド映画などがその大半を占めており、本来であれば著作権切れを迎えていたはずの作品も多い。米国はこれまでも繰り返し期間延長を主張し、国内外に認めさせてきたが、TPPによって50年の期間を更に20年延長しようとしている。結果として、日本の国際収支は更に悪化してしまう=国益を損ねる、という訳だ。

 さらに深刻なのは、著作物の活用の機会が失われてしまうという点だ。「二次創作の泉が枯れる」という表現を選んだ福井氏は、『レ・ミゼラブル』などの例を引きながら、仮に著作権切れによる翻案がなければ、現代まで愛され続けることはなかったかもしれないと指摘。イベント後半のパネルディスカッションでも、「銀河鉄道の夜」のアニメ化の際、登場人物を猫にするという演出が、遺族にどうしても認めてもらえず、結局期限切れを迎えるまで待たざるを得なかったというエピソードや、劇作家の平田オリザ氏からは、サルトルの戯曲『出口なし』をアンドロイドで上演しようとサルトル氏の遺族に打診したところ、上演を拒否された経緯などが紹介された。

 そして、これとも関連するのが、死蔵作品(孤児著作物)の増加の懸念だ。保護期間が延長された場合、許諾を取るべき遺族や関係者の数が増えたり、逆に遺族の所在が確認できなくなってしまう可能性が高まってしまう。場合によっては、著者の没年すら不明となってしまう例もある。その確認に掛かる手間と費用は大きなものとなり、利活用が断念されてしまい、結果として作品が散逸してしまう懸念があるのだ。

 福井氏は、EUはじめ現在各国でデジタル分野における覇権を巡り、孤児著作物対策の競争もはじまっていると指摘する。TPP交渉で対外的には保護期間延長を主張する米国でさえ、国内ではその対策のために保護期間の部分短縮や、教育・図書館利用などでのオプトアウト導入が検討されているというのだ。

 対して、日本では「著作者や作品へのリスペクトにつながるのでは」という何となくの「空気」によって、延長やむなし、という方向になってはいまいか、というのが福井氏の懸念だ。本当の敵はこの「空気」だとした上で、福井氏は自分たちのルールは「選び取る」べきだと強調した。

 3氏の講演後、メディアアクティビストの津田大介氏、劇作家の平田オリザ氏、そして青空文庫に16歳の時から参加している大久保ゆう氏が加わり、パネルディスカッションが行われた。

 ここでは、長尾氏が「知識は万人のもの」というテーマから「図書館の自由」に言及し、「道徳的であるか否かの判断は図書館が行うのではなく利用者が判断すれば良い。人類共通の遺産という観点での価値を認め、アクセスと利用を提供すべき」と指摘した。昨今、図書館の自由が問われる出来事が相次いでいるが、それを意識したものといえるだろう。青空文庫もよって立つ「自由」を構成する重要な要素でもあるはずだ。

 そこから、萩野氏が言及したのは「電子書籍の不自由さ」の問題、つまりフォーマットの問題だ。「(青空文庫が採用した)XMHLは見栄えは商用のコンテンツのようには良くはないが、自由だった」と述べた。

 福井氏の講演内容を受けて、「遺族に好きにさせれば良いという声もあるが、遺族はクリエイター当人、つまり当事者ではない」と指摘するのは津田氏。福井氏は遺族の貢献によって生まれた作品もある、とも応じたが、青空文庫の大久保氏は「作者と遺族は別の存在であり、遺志が遺族によって違えられる例もある」と述べ、「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」を分けて上演するようにというルイス=キャロルの遺志が守られなかった例を挙げた。

 そういったエピソードを受けて、長尾氏は「利活用によって文化は継承され、発展する。著作権は、許諾権に重きを置くのではなく報酬請求権に軸足を移した方が良いのでは」という思い切った発言を行った。福井氏も、現在の著作権はデジタル化を想定していない体系となっており、世界的にも報酬請求化へというトレンドがあると認める。しかしそこで壁となってくるのが、国際条約、特にWTOとも紐付いたベルヌ条約だ。

 大久保氏は「実は青空文庫に参加したとき、富田氏から『ベルヌ条約をひっくり返してくれ』と託された」と明かしながら、一人では荷が重いので皆さんとこの目標は共有したいとして、会場からは笑いと拍手が起こっていた。

【補遺】

筆者は2010年ごろから電子書籍の動向を取材しているが、電子書籍、著作権に関するイベントでは頻繁に富田氏の姿を会場で確認することができた。闘病の身であるにも関わらず、富田氏は自身が登壇しない内容でも、一聴講者として会場に身を置き、質疑応答の機会などで積極的に発言を行っていた。実は昨年、富田氏にはインタビュー取材を打診していたが、結局実現しなかったことが悔やまれてならない。氏のご冥福を改めてお祈りするとともに、各方面で氏の遺志を受け継いでいく人を引き続き追っていきたいと考えている。


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