海外の電子書籍市場で日本の小説を売るということ――プロデューサー清涼院流水に聞く(2/3 ページ)

» 2014年05月16日 11時00分 公開
[陰山遼将,eBook USER]

日本の小説は海外で相手にされない?

清涼院さん 「かつて小説執筆にだけ専念していたときとは全く別の、やり甲斐や達成感がある」と清涼院さん

―― BBBプロジェクトの具体的な活動について教えてください。

清涼院 現在は作家、イラストレーター、英訳者、英文校正のネーティブなどを含めて、関わっているのは、ぜんぶで2、30人です。

 多くの作品は僕が英訳を担当し、別の英訳者の作品も最終的には全て僕が監修しているので、英訳作品は月1作か多くても2作が今の物理的な限界です。ゆくゆくは日本中から英語のできる人を集め、プロの英訳集団のようなものを作って英訳コンテンツを配信できれば、それが理想です。

―― それはミステリーに限らず?

清涼院 そうですね。基本的に僕の心を揺さぶるものならジャンルを問わずに出したい、というスタンスです。元々、ジャンルにこだわりはありません。誰かの許可が必要なわけではなく、自分が良いと思ったものをすぐさま全世界に向けて送り出せることの素晴らしさは、いつも実感しています。かつて小説執筆にだけ専念していたときとは全く別の、やり甲斐や達成感があります。

英語と日本語――そのロジックの違い

―― 英訳の部分についてですが、清涼院さんは英語を独学で身につけられたと伺いました。

清涼院 英語は30歳までは本当に全くできなかったんです。でも、英語ができたらいいなという気持ちは昔から持っていたので、小説の執筆の合間に勉強し始めたら、のめり込んでしまって(笑)。TOEICテストで990点(満点)を達成した現在は、日本語に違和感を覚えることの方が多いほどです。英語は本当にロジカルで明快で日本語とは思考回路が全く違うので、僕の最近の考え方も言語の影響を明らかに受けています。

キング・イン・ザ・ミラー : マイケル・ジャクソンの鏡像 Vol.1 『キング・イン・ザ・ミラー : マイケル・ジャクソンの鏡像 Vol.1』

―― プロジェクトを立ちあげられてから現在まで20以上の作品を英訳なさっていますが、日本語の作品を英語に書き換える作業に難しさは感じますか?

清涼院 今では全くないです。最初に小説を英訳したのは自分の『キング・イン・ザ・ミラー』という作品で、このときは試行錯誤でした。英訳したものをネーティブにチェックしてもらって、それをまた直すという作業を繰り返して、2年かかりました。今では1作を平均2週間くらいで英訳できます。英訳すればするほど経験値が蓄積されて、速度も精度も高まっていくので、今では全く負担はないです。

―― 言葉が紡がれた小説を英訳する際、作家でもある清涼院さんはどんなことを意識されるのでしょうか。

清涼院 日本人と英語圏の人は、ロジックが違うので、好みも全然違うんです。

 例えばあらすじやタイトルについて言えば、日本ではあおり気味の方が喜ばれます。でも、海外では同じ内容でもムダを削ぎ落として淡々と書いたほうがクールと思われます。ハリウッド映画の邦題と原題を比べてみるとそれが一目瞭然で、たいてい原題の方がシンプルですよね。とにかくシンプルなものこそ好まれるので、そういった部分などは特に意識しています。

あまりにも低い日本人作家の知名度

蘇部健一さんの代表作『きみがくれたメロディ』 蘇部健一さんの代表作『きみがくれたメロディ』は英題『YOUR MELODY』として無料で刊行した

―― 海外の読者からの反応はいかがでしょう。

清涼院 ファンメールも来ますが、まだ反応は小さいですね。先ほどお話ししましたように、以前のbbbcircleでは、驚くほどの反響が継続してあったんです。それは絵の力で作品の魅力を伝えることができるマンガで、しかも無料だったことも大きいのでしょう。

 BBBのコンテンツは1作あたり2ドルという価格設定で、170以上の国と地域からサイトにアクセスがあっても、なかなか買ってもらえるまでには至りません。3月に蘇部健一さんの代表作『きみがくれたメロディ』を無料で刊行してみたのですが、それもまだまだ反応は良くないですね。どこかの国で購入されても、それが連鎖していかないのです。

 先ほど昨年から森博嗣さんが参加してくださった件に触れましたが、そのニュースをBBBのサイトで発表したとき、日本語版ページではその時点までで最大級の反響があったんです。その一方、サイト内のポスターで大々的に告知していても、英語版ページでは見事なまでに反響がありませんでした。つまり、海外の市場では日本での知名度は関係なく、全ての作者と作品が等価ということなんです。日本での人気や実績は、海外読者にとっては関係ないことなのです。

―― そもそも海外で知名度のある日本人作家というと、どんな方が挙げられますか?

清涼院 今までネーティブたちと交流してきた中で驚いたのは、村上春樹さんを知っている人がなかなかいない、ということです。カナダの図書館の司書も知りませんでした。Wikipediaの英語ページを見せて説明してやっと「こんなにすごい日本人作家がいたのか」と初めて信用してもらえるんです。知名度トップの村上春樹さんですら知られていないなら、他の日本人作家を知らないと言われても仕方ないですよね。

 でもネーティブたちは、村上春樹さんは知らなくても『少年ジャンプ』のマンガとかゲームのことは、だれもが驚くほど知っていて、海外のゲーム・ショップで店員さんと『ファイナル・ファンタジー』の話で普通に盛り上がれたり(笑)。そのようにまさに世界最高レベルのアニメやマンガ、ゲームに比べると、まだまだ日本人の書いた小説には興味を持ってもらえてないという現実を痛感させられるばかりです。そういう状況を何とか変えていきたいと思っています。

海外市場の中で日本の小説が読まれるための秘策とは?

―― 作品の英訳だけでなく、海外市場で展開し販売していく――つまり、BBBプロジェクトにはプロモーションなども含めたエージェント業の側面もありますよね。今お話しいただいたように、海外市場での厳しい状況を目の当たりにして、プロモーションの重要性などは感じましたか?

清涼院 日々、感じています。1つの戦術として、これまでFacebookとGoogleには実験的に広告を出稿してもいます。広告を出すと少なくともサイトのことは知ってもらえるので、僕が国内で小説を書いて得た収益をそちらに回すなど、広告費を増大させていければ勝算はあるとは考えています。逆に、何も仕掛けずに勝てるほど甘い世界ではないでしょう。元々、日本人小説家は海外読者から関心を持たれていませんからね。

ネーティブに紹介されなくては意味がない

―― 拡大再生産といった感じですね。広告のプライオリティが高いということですか?

清涼院 オンライン広告はかなり鍵を握っていますが、プロモーションに関して今後絶対に必要だろうと関係者たちと話しているのは、だれか影響力のあるネーティブに作品が紹介されない限り真の成功はできない、ということです。

 先ほどのお話と繋がりますが、森博嗣さんがいかに人気作家であるのかを日本人が力説したとしても、それだけでは海外へのアピールとしては弱いんです。一番いいのはレディ・ガガが僕らを褒めてくれることなんですけどね(笑)。そういうことはなかなか難しいですから、いかに認知度と信頼を高めるかは、関係者と意見交換しながら毎日考え続けています。

 先ほど英語はロジカルだと言いましたが、海外の読者は英語圏における実績、つまりランキングの順位みたいなものを重要視するんです。英語圏というのは出版という世界のメジャーリーグで、とにかく作者や作品の数が膨大ですから「ニューヨークタイムズのベストセラー1位」みたいな指標がとても重要で、そういったものに到達しないコンテンツはマイナー扱いで、なかなか相手にしてもらえません。

 だから、向こうの著名人やメディアに売り込むなり、海外の小説新人賞を取るなどして英語圏の大きな市場の中で注目してもらえるようなきっかけを何か作らなくてはいけないのですが、目先の作業で手いっぱいで、まだなかなかそこまでは手が回らない現状です。

コンテンツをグローバルに配信するということ

―― ところで、1作あたり2ドルという価格設定にはどんな戦術があったのでしょうか?

清涼院 仕組みはシンプルなほど良いので、最初は分かりやすく“1作1ドル”で出すつもりだったのですが、電子書店で作品を配信する際の維持費として1作あたり0.99ドル掛かって、収益が0.01ドルでは、さすがに仕組みとして成立しないので、2ドルに設定した経緯があります。

 今はまだ遠い目標ですが、採算がとれるラインや、紙の本より収益が出る具体的なラインは当然あるので、それを目指しています。一方、例えば東南アジアの方から見ると、2ドルでも、かなり高い価格設定でしょう。そのように国ごとの貨幣価値の違いを考えなくてはいけないのも、グローバルにコンテンツを配信する際の難しさですね。作品に価格を設定することには心理的な抵抗もありますが、きちっとした仕組みをつくる上では避けて通れない問題です。

―― 2012年末のプロジェクト発足当時に電子書籍の配信元としてLuluを選ばれたのには理由があるのでしょうか?

清涼院 当時、仲間のネーティブとも意見交換を続けていたのですが、そのときは「Amazon対その他」という電子書籍マーケットの構図がありました。言い換えれば、「Amazonをとるか、その他を選ぶか」という決断を迫られたわけです。Luluに作品が承認されると、アップルのiBooksや、世界最大の書店Barnes & Nobleのnookなど、Amazon以外の主要な電子書店から配信できるメリットがありました。Amazonを選ぶと他の電子書店で出すのが難しくなるので、最終的にLuluを選択しました。

 ただ、現在ではLuLu経由でAmazonやkoboにも配信されるようになったので、配信に関しては、やっと万全の体制が整いつつあると思っています。もうAmazonでもBBBのコンテンツを購入できるんですよ。

―― AmazonのKDPで70%のロイヤリティをとれるオプションもありますよね。Amazon一択に絞るといった考えはありますか?

清涼院 それはないですね。チャンネルは多いほうがいいと考えています。中にはAmazonを嫌いなネーティブもいると思うので(笑)。

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