甘くて苦い、官能的な大人の寓話にチョコレートを添えて――『その男、甘党につき』
色気あるショコラと一人の男性をめぐる物語、えすとえむさん作『その男、甘党につき』を紹介します。
舌の上でとろけるガナッシュ……
トリュフェット、ブール・ロ・オム、アンティエ、
ピスタチオ風味のショコラ……
オランジットの甘味と苦味……
スーパーの棚に並んだショコラでもいい! 一口だけでも……!
食とエロスをめぐる問題は根深いけれど、まさか人生の中でここまでショコラ(チョコレート)に色気を感じる機会が訪れるとは思わなかった。
えすとえむさん作『その男、甘党につき』は、時に甘く、時に苦い、そして時に官能的な、そんなショコラと一人の男性をめぐる物語だ。
パリに暮らす一人の中年紳士、ジャン=ルイ。職業・弁護士。世界で一番愛するものはチョコレート。そんな彼の向かうところには、いつも悩める人々が待ち受けている。
妻と不仲の友人男性、ファッション誌の仕事をするプライドの高い独身女性、大人びた子役の少女、店舗の移転に悩む男、そして自分の母親。ショコラティエがひしめく街、パリで起きるさまざまな出来事。ジャン=ルイが悩める人々にショコラの魔法をかけていく。
この世にはショコラの種類が数多く存在するように、人々の悩みも多種多様だ。
彼らとジャン=ルイ、そしてショコラ。その出会いが織りなす物語にはさまざまな味わいがある。
トリュフ、リキュール入りボンボン、クロカンブッシュ、シガレットチョコ、パールチョコ……
パリの人々にとって、その生活にはショコラが欠かせないように、彼の人生にはいつだってショコラが付きものだった。それがたとえ、彼にとっては悲しい経験だったとしても。彼がショコラを愛するように、ショコラも彼を愛している。
それにしても、どうしてジャン=ルイという男はこんなにも官能的なのだろう。上品で物腰も柔らかくて、それでいて繊細で。紳士な彼が愛しくって癖になる。それはきっと一朝一夕に身に付けたものではなくて、彼が歩んできた人生だとか、経験だとかが影響していることは間違いないのだけれど。彼にかかわった人は、女性だけではなく男性ですら虜になってしまう。
先生 ショコラの前には どんな理屈も無力ですよ
多少の犠牲なら喜んで払う必要がある
ああ、そうか。ようやく分かった気がする。
ねえ、ジャン=ルイ。ひょっとして貴方もショコラなんじゃない?
(評:ラノコミどっとこむ編集部/やまだ)
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