………なんとも 鮮やかな男だ
不敵に笑い、他人を自分のペースに引き込む
まるで魔法使い(ソルシエ)だな
恐らく、人によって大きく評価が異なる賛否両論の結末だろう。それほどに衝撃的な展開だった。
穂積さん作、『さよならソルシエ』(フラワーコミックス)。今もなお、世界中で愛される天才画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。その兄を支え続けた弟、天才画商、テオドルス・ファン・ゴッホ。フィンセントとテオ。ふたりのゴッホの愛と確執を描いた物語が、このたび第2巻で完結を迎えた。
19世紀末、パリ。天才画商であるテオは、市井で活躍する若手芸術家たちとともに街中の人々に新しい芸術を届けるために行動を起こす。だが、そんなテオの期待を一身に受ける存在である兄・フィンセントは、圧倒的な絵の才能を持ちながらも、相変わらずのんびりと絵を描いて過ごしていた。
なあ 兄さん
“才能”を英語でなんと言うと思う?
ギフトだよ そう――
つまり才能は “神様からの贈り物”ってことだ
才能を与えられた人間には役目がある。役目を果たさせるために神は才能を与える。テオは、世界中の人間を虜にする才能を持ちながらも、それを小さな世界で使い続けるフィンセントの様子が気に食わない。そして、ふたりの兄弟の確執が頂点に達したとき、ある事件が起きる。物語はここからさらに、思いもよらぬ方向へと進んで行く。
作 中で見せるテオの苦悶の表情は、前巻で抱いた、何ごともスマートにこなす不思議な男のイメージを砕きながらも、より人間臭く魅力的に感じた。それぞれベクトルは違えども、どこかつかみどころのない人間として描かれていたテオとフィンセント。しかし、彼らの抱えるコンプレックスに、このふたりも生身の人間だったのだとはじめて気づかされる。
この物語は、現在多くの文献で語られているような、史実に忠実な作品ではない。極めて独創的な創作物語である。しかし、そうであるからこそ、ゴッホの歩んだ人生をよく知っている人にこそ、読んでもらいたい。
前巻を読んでいるとき、筆者は、ミニシアターをひとり訪れ、一本のショートフィルムを静かに観賞しているような気分になったと評したが、この第2巻ではまったく逆の印象を受けた。2人のゴッホが歩んだ人生の先にあったものは、ロードショーされているような、スピーディーで、大どんでん返しの待ち受ける娯楽大作そのものだった。
しかし、物語の根底にあるものは変わらず、そこには切なさと寂しさが溢れ、最後には優しい余韻が残った。実に心地が良い、裏切りの連続であった。
読了後、深い余韻の中で物語を振り返ってみると、思いだすフレーズがある。そういえば、フィンセントはこんなことを言っていた。
テオ 君にいいことを ひとつだけ教えてあげる
世界はね きっといつだって――
信じることからはじまるんだ
そうだ。フィンセントの言うとおりだ。信じることからはじまるのであれば、わたしもテオの魔法にかけられようじゃないか。そんなことを思いながら、ふと裏表紙のテオを見ると、その表情に思わずニヤリとした。
さよなら、テオドルス。さよなら、フィンセント。さよなら、ソルシエ。
ふたりのゴッホがかけた魔法は、現代にも息づいている。そしてそれはきっと、永遠に解けることはないのだ。
(評:ラノコミどっとこむ編集部/やまだ)
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