英国出版協会(The Publishers Association)と英国図書館長協会(Society of Chief Librarians:SCL)が共同で実施していた公共図書館での電子書籍貸し出しに関するパイロットプロジェクト「Pilot Study on Remote E-Lending」のリポートが6月5日(現地時間)に公開された。フルリポートはこちらから。
これは公共図書館による電子書籍貸し出しのニーズを検証するために、両協会が共同で2014年3月から英国の4図書館で試験的に実施した取り組みの結果をまとめたもの。
この取り組みで新規利用者への貸し出しは増加し、利用者の95%が対象図書がより増えれば、より多くの電子書籍を借りる意向を示しているなどの結果が示されており、そのほかハイライトとして以下のような項目もある。
- 電子書籍を借りた人の39%は、今後、書店を訪れる機会が減るだろうと考えており、37%が新たに紙書籍を購入することも減ると考えている。
- 電子書籍を借りる際に購入するボタンも設置していたが、ボタンのクリックはごくわずかにとどまった
先日お届けした「英国で1年間にわたる実験が終了『公共図書館での電子書籍貸し出しは、購入につながらない』」の記事は、購入ボタンをクリックするユーザーがほとんどいなかったことを紹介したものだが、リポートに記されているのはBuyボタンをクリックしたのは1%以下だったという事実のみで、電子書籍貸し出しの利用者が別チャネルで紙/電子書籍を購入したかなどはトレースされていない。なお、このリポートでは、電子書籍の貸し出しを利用する人はほかの図書館利用者と比べ、過去12カ月で約2倍に当たる12冊の電子書籍を購入しているというデータも記されている。
むしろ、「電子書籍を借りた人のうち39%は今後、リアル書店に足を運ぶ頻度が減るだろうと考えており、37%が新たに紙の書籍を買うことも減るだろうと考えている」ことの方が、紙書籍を扱うリアル書店には切実な結果として受け止められている。
とはいえ、レポートを読むとそれが現時点での多数派でないことも分かる。電子書籍を借りられるなら電子書籍の購買意欲が減衰する兆候が見え隠れしている方が興味深い。
一方、図書館向けに電子書籍貸し出しソリューションを提供している米OverDriveが2012年に米図書館協会(American Library Association:ALA)と実施した調査は、米国で行われたもので、今回の英国での調査結果との関連性に注意する必要があるが、こちらでは電子書籍を借りた人の傾向として以下の点などがハイライトされている。
- 電子書籍を借りた人の57%が公共図書館は作品との出会いで重要な役割を果たしていると考えている
- ある作品を電子書籍で借りた後、35%が紙/電子のいずれかでその作品を購入している
最後の項は一見すると電子書籍の貸し出しが購入につながっているように読めるが、裏を返せば65%はそうではない(借りておしまい)ということでもある。これに関連し、過去6カ月で紙/電子書籍の購買頻度の変化を問う設問では、どちらも「ほとんど変わらない」とする回答が最も多いが、紙の書籍は「(購入することが)減った」と回答した層が「増えた」とする層を大きく上回り、一方で、電子書籍はその逆、つまり購入することが増えたという回答が多い。
この結果は、公共図書館での電子書籍貸し出しは作品との出会いの機会創出に寄与しているが、リアル書店での紙書籍販売には即座にではないにせよ、ネガティブな影響もありそう、と読むべきなのかもしれない。
英国での結果もそれを根本的に覆すものではなく、だからこそ英国書籍販売協会(Booksellers Association)のCEOは、今回のリポートを受け、公共図書館の電子書籍貸し出しが書籍販売に与え得るネガティブなインパクトを懸念として述べたのだと思われる。
関連記事
- 英国で1年間にわたる実験が終了「公共図書館での電子書籍貸し出しは、購入につながらない」
- 英国で実験中間報告「電子図書館に購入ボタンを設置しても、電子書籍の購入につながらない」
貸し出し自体は顕著に増加。紙の本の貸し出しの減少などもみられなかったようだ。 - 2015年の電子図書館トレンド
電子書籍に関連し、世界中の図書館は今、“デジタルルネサンス”とでも呼ぶべき状況にある。米国、英国、カナダの図書館が直面する大きなトレンドを紹介。 - いよいよサービスイン、日本電子図書館サービスのビジネスモデルが示される
2013年の「東京国際ブックフェア」でKADOKAWAの角川歴彦氏が講談社、紀伊國屋書店と共同でその構想を明かした図書館向けの電子書籍貸し出しサービスが、この4月からサービス提供を開始する。そのビジネスモデルなどが紹介された。 - 「本が売れなければ図書館の未来もない」――公共図書館電子化モデルの議論
わたしたちが近くの公共図書館で電子書籍を借りられる日が来るのはいつか。「これからの公共図書館の電子化モデルを考える」フォーラムから現状と課題を整理してみよう。 - 図書館が小売業者になるとき
図書館向けの電子書籍貸し出しサービスの検討が国内でも動き出しつつあるが、海外では、図書館で新刊電子書籍を販売するかどうかが議論の的になっている。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.