e-Day:64ビットの種馬になるAlpha

【国内記事】 2001.07.10

 例年になくネタが乏しいニューヨークのPC Expoにうんざりしていたメディアは,コンパックとインテルが次世代のItaniumプロセッサファミリー(IPF)を共同開発するという米国時間6月25日の発表に反応し,「Alphaチップ製造中止」をいっせいに書き立てた。

 1992年初めに登場したAlphaプロセッサは,初めて64ビットコンピューティングの市場を切り開き,常にリードしてきた。1992年のギネスブックには,ちゃんと「世界最速のシングルマイクロプロセッサDECchip 21064 200MHz」と記録されているくらいだ。1995年,オラクルが初めて64ビット版Oracle7を開発したのも,64ビット Digital UNIX(現在のTru64 UNIX:トゥルー・ロクヨン)だ。

 しかし,プロセッサ業界を取り巻く状況は厳しい。経済の低迷という一時的な要因は別にしても,64ビット化でますますかさむ多額の開発費をどのように捻出し回収するのか,それが大きなチャレンジとなっている。ヒューレット・パッカード(HP)はひと足先にインテルとの共同開発に踏み切り,わが世の春をおう歌するサン・マイクロシステムズのUltraSPARCでさえ将来が約束されているわけではない。

 一連の報道を読み,「遂に10年のベテランもインテルの軍門に下るのか」と思ったが,話はそう単純ではなさそうだ。

 7月10日,都内のホテルで行われたコンパックコンピュータの記者発表会では,AlphaServer GSシリーズのニューモデルが披露された。

 新しい同社のフラグシップサーバには,64ビットプロセッサとしては初めて1GHzの壁を突破したAlpha 21264(EV68)が搭載され,Oracle9iとの組み合わせで叩き出す世界最高の馬力(23万533tpmC)がアピールされた( コンパック,世界初の1GHz超64ビットサーバ「Alpha Server GSシリーズ」を発表)。しかし,それも前半まで。多くの時間はAlphaチップと次世代IPF,そしてTru64 UNIXの新しいロードマップのために割かれた。

 ZDNetをはじめ,多くのメディアが「2004年にAlpha製造中止」と伝えたのは,正確には「2004年にAlpha“開発”終了」だった。コンパックによると,第3世代にあたる現行のEV6ラインは来年になると1.3GHzまでクロック数が引き上げられ,さらに2003年からは「EV7」へと世代も生まれ変わる。メモリ帯域幅が一気に5倍になるEV7は1.2GHzで登場し,2004年には1.6GHzにスピードアップして開発を終了する計画だ。

 ただし,プロセッサの開発終了後も,Alphaシステムの販売は2008年まで継続される。コンパックでAlpha製品本部長を務める市原隆保氏は,「Alphaシステムを販売しているあいだは,Tru64 UNIXやOpenVMSのバージョンアップを進めるし,サポートは販売終了後少なくとも5年間は継続する」と話す。

 過去の例からも分かるが,5年でサポートを打ち切ることはなく,実際には10年近い。これは,コンパックの,というよりはむしろ「DEC」の企業理念だろう。

遺伝子はAlpha

 一方,コンパックで「EV8」の開発に着手していたチームは,インテルに移籍し,次世代のIPFにAlphaの技術を注入する。中でもおびただしい数の特許を出願している同社のマルチスレッド技術は,喉から手が出るほど他社が欲しがるものだ。命令をパイプラインによって並列化するのではなく,プロセスを並列処理する技術で,今後の処理性能の向上には欠かせない技術とされている。

「名前はItaniumだが,遺伝子はAlpha」と市原氏。

 HPとの共同開発で始まったItaniumは難産の末に,ようやくプロダクトリリースに漕ぎ着けたばかり。本格的なプロセッサである第2世代の「McKinley」は2002年末まで待たなければいけない。しかも,64ビットのWhistler Serverがすぐに熟成される保証はない。

 IDCの予測によれば,2004年になるとサーバ市場は32ビットと64ビットがほぼ拮抗し,2008年には80%が64ビットサーバで占められるという。つまり,64ビットに火がつくのは2004年,いや,それでは遅いのかもしれない。

 64ビットプロセッサでは10年のベテランであるコンパックは,次の10年も生き残るためにはボリュームによって価格を引き下げることができるインテルと手を結ぶ必要があり,逆にインテルは次世代IPFのためのパートナーを必要としていた。今回の両社の提携発表には,こうした背景があるという。

 コンパックでは,Tru64 UNIX,OpenVMS,そしてHimalayaのNonStop Kernelをすべて次世代IPF上で稼動させるべく,開発環境からミドルウェアまでを含めた移植を進めていくことを先月25日に明らかにしている。

 実はDECはコンパックに買収される前の1998年1月,Digital UNIXをItaniumに対応させ,AlphaとItanium双方に対応する標準64ビットUNIXを開発する「Bravo Project」をシークエントと共同で発表していた。Itaniumの出荷がご存じのように大幅に遅れたためにこの話は流れ,シークエントはIBMに身売りしてしまったが,移植作業自体は進められいたようで,今回,それが日の目を見そうだ。

 Alphaチップの開発を終了する2004年までにはこれらの移植作業を完了し,現在ミップスのプロセッサを採用しているHimalayaも含め,64ビットエンタープライズサーバを次世代のIPFに統一する準備を完了する。

 市原氏は「私もAlphaのファンのひとり。最初は受け入れがたかったが,今はポジティブに受け止めている」と話す。

 ある自動車メーカーは,衝突解析のためにAlphaServerを導入したが,その価格と将来性に不安があることから,PlayStationを並列化して処理させることを真剣に検討していたという。その必要もこれでなくなるわけだ。

[浅井英二 ,ITmedia]