Gartner Column:第35回 サンの「Next Big Thing」は古くて新しいテクノロジー

【国内記事】 2002.2.19

 インターネット・コンピューティングのトレンドセッターとなってきたサンの戦略を分析することは,インターネット自身がどこへ向かっているのかを予測する上でも役立つだろう。その意味で,同社のCTOであるグレッグ・パパドポロス氏のアナリストカンファレンスにおける講演はきわめて示唆に富むものであった。

 ビル・ジョイ氏,ジョン・ゲージ氏,ジェームズ・ゴスリング氏と,サンにはカリスマ性を持ったテクノロジーリーダーたちが数多く存在する。現CTOであるグレッグ・パパドポロス氏は,知名度こそ,彼らに劣るかもしれないが,ビジョンの明快さとその影響力という点では,現在のIT業界における屈指の存在だ。

 元MIT教授というアカデミックなバックグラウンドを持ちながら,同氏の講演は,技術的詳細にとらわれることなく,常に,ビジネスの視点から見たビジョンとインパクトを持っている。

 そういったわけで,私も,サンのアナリストカンファレンスにおいては,パパドポロス氏の講演とインタビューを重要な情報源として楽しみにしているのだ。

 今回のアナリストカンファレンスは,いつもは複雑な話を分かりやすく話してくれる同氏としては,準備期間が足りなかったのか,難しい話が難しいままになってしまった部分があったように思えた(次に続くセッションでセールス部門総責任者のマスード・ジャバール氏は,「では,グレッグのセッションの技術的詳細をお話しましょう。」と切り出してウケをとっていた)。

 とはいえ,同氏の講演内容がインターネットテクノロジーの将来を読む上できわめて重要である点には変わりはないので,ここで簡単に紹介し,(僭越ではあるが)分析してみたい。

 まず同氏は,現在の「コンピュータのネットワーク」の時代が,「コンピュータを埋め込んだ“もの”のネットワークの時代」へと進み(ここまでは,いわゆるユビキタスコンピューティングとして誰もが言っているところである),さらに,単なる「“もの”のネットワーク」(つまり,わざわざコンピュータを組み込んだなどと言わなくても,既にほとんどのものにコンピュータが内包されているのが当たり前の状況)へと向かうと述べた。

 この第3の段階では,ネットワーク化される「もの」の個数は10の14乗個(100兆個)の規模となる。この段階への移行時期は2004年,ピークを迎える時期は2007年になる同氏は予測している。私としては,かなりアグレッシブな予測と思わざるを得ないが,インターネットの進化のスピードがさらに加速していることを考えれば,あながち荒唐無稽な予測とは言えないだろう。

 この100兆個のコンピュータが接続されたネットワークに不可欠となる要素は何か? それが,(前回で説明をはしょってしまった)N1だとサンは考えているのである。

 N1はコンピュータ資源の仮想化を目指すプロジェクトだ。簡単に言えば,仮想化は多数のコンピュータ機器を,あたかも1台の巨大な機器として見えるようにするためのテクノロジーである。

 なぜ,仮想化が必要なのかと言えば,その答えは明らかだ。システムの複雑性がますます増大していく状況では,何らかの仮想化テクノロジーを使わなくては,管理負荷が爆発的に増加してしまうからだ。これは,よく言われるTCOうんぬんのレベルではなく,仮想化技術なくしては,そもそも,システムを維持していくことが不可能になるということだ。

「システムのスケーラビリティとは,システムが複雑性を増すことなく,処理容量を増加できる能力である」というのは,私が1昨年のパパドポロス氏の講演で感銘を受けた発言だ。つまり,サーバ台数を増やすことで処理能力を増強できたとしても,複雑性の増加により管理負荷が増えてしまっては意味がないということである。

 サーバ台数が数十台のレベルであれば,何らかのシステム管理ツールを使うことで,複雑性を減少することができるだろう。しかし,サーバ台数が数千台のレベルになるとするならば,多数のサーバ群をあたかも1台のサーバであるかのように扱えるテクノロジー,すなわち,仮想化テクノロジーの存在が複雑性減少に不可欠となってくるわけである。

 そもそも,ITの世界では仮想化の考え方自体は,それほど新しいものではない。仮想メモリは三十年近い歴史を持つテクノロジーであり,エンジニアであれば知らない人はいないだろう。また,ストレージの仮想化技術もメインフレームの世界では既に一般的となっており,オープン系の世界でもようやく一般化しつつある。多数のディスクドライブの物理的な構成に捕らわれることなく,任意のサーバに任意の容量を割り当てることができる機能は,今,オープン系のシステムでストレージ管理者をやっている人ならば喉から手が出るほど欲しい機能ではないだろうか?

 実は,コンピューティング資源の仮想化という観点から見れば,現時点で最も先進的なのはIBMメインフレーム(zSeries)の並列シスプレックスである。並列シスプレックスは,複数台のメインフレームを高速スイッチで接続した,いわば,メインフレームのクラスタなのだが,物理的なシステム構成にほとんど捕らわれないシングルシステムイメージの仮想化が実現されている。

 サンがN1で目指すものは,この並列シスプレックス的な機能を数千台のサーバで実現されたインターネットコンピューティング環境で実現することと見て良いだろう。

 N1と同様なビジョンとしては,コンパックのAdaptive Infrastructureなどがある。また,IBMを初めとするほとんどのベンダーが(そして,サン自身も)研究開発投資を行っているグリッドコンピューティングも,現在は特定の科学技術計算指向であるが,将来的にはよりビジネス向けコンピューティングの色彩を強め,N1と収束していくことになるかもしれない。

 N1として表現されたサンのビジョンは正しいと言えるだろう(というよりも,N1的な発想なくしては,今後のユビキタスコンピューティング,そして,それ以降のインターネットコンピューティングに耐えうるインフラを構築することは不可能であると言ってよいだろう)。では,N1のビジョンが,どの程度実現されるのか? これをある程度の確度で予測するのは時期尚早であろう。

 しかし,私としては,システムインフラの領域で久しぶりに興奮できるサブジェクトに出会ったという印象を持っているのだ。

[栗原 潔ガートナージャパン]