エンタープライズ:ニュース 2002/08/06 23:37:00 更新


e-ラーニングが企業を変える (2/2)

なぜ導入が進まないのか

 米国企業におけるe-ラーニングの導入比率は70パーセントとも、あるいはそれ以上とも言われる。これに対し日本企業での導入はまだまだ少ないようだ。

 やや古い数字だが、e-ラーニングの普及を目的とした任意団体、先進学習基盤協議会(ALIC)が2001年5月に行った調査によると、日本のe-ラーニング市場の規模は2003年に1135億円、2005年には約3100億円に達するという予測だ。この記事で主に取り上げている、企業内教育に限れば、それぞれ548億円、1100億円に拡大するという。

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日本のe-ラーニング市場予測(出典:先進学習基盤協議会)

 だが米IDCの予測によると、米国のe-ラーニング市場規模は2003年で114億ドル、2004年で230億ドル。こうして比べると、日本のe-ラーニング市場がいかに小さいかが分かる。

 ガートナー ジャパンが2001年8月に実施した「企業におけるEラーニング導入実態に関する調査」によると、回答企業1239社のうち、e-ラーニングを導入している企業はわずか3.4パーセント。1年以内に導入予定とした企業は2.4パーセントに過ぎなかった。41.5パーセントがe-ラーニングに「興味がある」と回答し、高い興味が寄せられているにもかかわらず、である。

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国内企業のe-ラーニング導入状況(出典:ガートナー ジャパン)

 確かに日本IBMやシスコシステムズ、日本オラクルといった多くの外資系企業が、e-ラーニングを社員のスキルアップやビジネス上必要な情報の取得に活用し、成果をあげている。また内定者用研修にe-ラーニングを導入した大成建設のほか、日本電気(NEC)や日立製作所、トヨタ自動車、日本航空といった国内大手企業にもe-ラーニングの導入例がある。だが比率としてはいかにも少ない。

 このようにe-ラーニングの導入が進まない理由は、幾つか挙げられるだろう。

 1つはガートナー ジャパンの調査で導入しない理由の第1位としても挙げられた「導入効果がわかりにくい」ことだ。つまりは費用対効果の問題である。

 そもそも「e」の付かない教育・研修だって、導入効果測定は難しいはずなので、ことさらにe-ラーニングの場合にだけ効果が疑問視されるのはアンフェアにも思える。ここで注意しておきたいことは1つ。集合型研修では実現できない、e-ラーニングならではの部分――時間の節約や、1人ひとりに対するきめ細かな対応、状況に応じたコンテンツのアップデート――をどう評価するかだ。自社がこの部分をどう受け止めるかによって、e-ラーニングに対する態度は変わってくるだろう。

 真剣にe-ラーニングを導入しようとすれば、相応の――いや相当のコストが必要になるのも事実。これが企業に二の足を踏ませているのかもしれない。ここで必要になるのは、LMSやコンテンツ管理システムの導入費用だけではない。コンテンツの作成・編集費やチューターなどに要する人件費などを積み重ねていくと、実は、言われるほどコスト削減には寄与しないケースもあるはずだ。

 これに対する1つの解が、ASP形式のe-ラーニングを利用することだ。効果のほどが不安だという場合にもぴったり当てはまる。まず特定の部門や分野で限定的に、ASP形式のe-ラーニングを利用して効果を測定する。思ったような成果が得られなければ中止すればいいし、効果があればそのまま継続し、場合によっては自社独自のシステム導入へと拡張すればいいだろう。

 e-ラーニングの普及が進まない理由の2つめは、良質なコンテンツの不足だ。先に挙げたガートナー ジャパンの「E-ラーニングに関する利用者の意識調査」でも、e-ラーニングについて不満な点として、「コンテンツに対する不満」が17.8パーセントで第2位に挙げられていた。

 そもそも、日本企業における各種研修用資料はもちろん、「知識」や「ノウハウ」についてはなおさら、デジタル化が進んでいない。したがって、これまで紙の形だったものをデジタル化していく必要があり、それにはコストも時間もかかる。もちろん汎用的な教育コンテンツも市販されているが、それでは企業のニーズには不足するケースも多い。

 最後の、そして最大の問題は、日本企業においては長らく、人材育成イコールゼネラリストの養成を意味しており、戦略的なスペシャリスト育成の素地がなかったことだろう。これは企業側にも、また働く側にも言えることだが、人事評価制度と人材育成プランとが連携しておらず、社員1人ひとりのスキルをどう伸ばし、それをどう企業競争力に反映していくかという戦略が抜けていた。

 逆に言えば、こうした戦略が明確になっているのであれば、どの社員に、どういった知識やスキルが必要なのかは自ずと明らかになる。そしてその目標を達成するための手段の1つとして、e-ラーニングを生かすことができるはずだ。

e-ラーニングの本当の効果

 e-ラーニングはいまだに、コスト削減効果という観点から検討されるケースが多い。だがむしろ着目すべきは、人材育成を通じた企業競争力強化という側面だ。

 どの人物にどういったスキルが必要であり、そのためにどういった教育が必要か――これを実現していくには、今度はe-ラーニングを、企業の人事管理やコンピテンシー・マネジメントの一部に組み込んでいく必要がある。例えば、誰がどういった研修や教育を受けたかが人事管理情報に反映されたり、逆に職位や業務から必要なコンピテンシーを検索し、それに応じた教育コースを提供するといった具合だ。

 並行して、社員間の情報共有を目的としたナレッジマネジメントシステムとの連携も進むと予測される。特に企業ごとの独自ノウハウが求められる部分において、この部分のニーズは高まっていくだろう。

 具体的には、日々業務の中で蓄積される知識やノウハウと、e-ラーニングシステムを通じた学習を連携させることで、実践に即した知識を社員全体で共有することができる。さらにCRMと連携させれば、蓄積した情報を元に、状況や顧客ごとにどういった対応が望ましいのかを的確に学ぶことができる。同様のロジックは、SCMにも適用できるだろう。

 現在、e-ラーニングのコンテンツは、ITに関連するものと、語学に関連するものが大半を占めるといわれる。だがここに述べたような人事システムやナレッジマネジメントシステムとの連携が進めば、ビジネス全般、あるいは医療・製薬や金融など、業界ごとに特化した垂直市場型のコンテンツが提供され、即戦力の育成に役立つに違いない。

 これが実現されたとき、e-ラーニングはコスト削減のための道具ではなく、戦略的に「知」を生かすための、企業にとって不可欠のシステムとなるであろう。


AICCの役割

 AICC(Aviation Industry CBT Committee)は、米国の主要な航空会社と航空機メーカー、教育システムメーカーが共同で結成した業界団体だ。1993年以降、CBT(Computer Based Training)における標準規格・仕様の立案、推進に当たってきた。このAICCが、e-ラーニング向けに、XMLをベースに策定した標準規格が「SCORM」(Sharable Courseware Object Reference Model:前のページ参照)だ。

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SCORM標準化の流れ

AICCと並行して、ADL(ADLnet/Advanced Distributed Learning Initiativ)も独自にSCORM仕様を策定していたが、両者は話し合いを進め、AICC版SCORMとADL版SCORMを一本化する方向で合意した。

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[高橋睦美,ITmedia]