エンタープライズ:コラム 2003/03/24 20:06:00 更新


Gartner Column:第85回 ユーティリティーコンピューティングは企業の競争力を奪う?

「コア・コンピタンス経営」の著者、ハメル氏の言葉がこの半年間、ずっと引っ掛かっていた。彼の「ユーティリティーコンピューティングは差別化に貢献できない」という、その言葉には、私なりの異論がある。IT投資の効果が表れるためにはさまざまな要因があり、少なくとも4階層に分けて考えるべきだ。

「ユーティリティーコンピューティングを提唱する人が増えているようだが、いったいどうやって電気やガスから競合優位性を得ることができるのか?」

 半年ほど前に聞いたこの言葉がずっと心に引っ掛かっていた。昨年秋にラスベガスで開催されたNCRユーザーコンファレンスの基調講演におけるゲイリー・ハメル氏の発言である。

 経営戦略の分野の高名な論客であり、名著「コア・コンピタンス経営」の著者でもある同氏に突っ込むのは気が引けるが、ユーティリティーコンピューティングと経営価値に関する筆者なりの考えを述べていこう。

「戦略とは差別化と同義であり、他者のベストプラクティスを真似るだけでは戦略になり得ない」というのが同カンファレンスの講演における同氏の根本的主張だが、それには全くの賛成である。他社の事例を必要以上に気にし、「他社がやっているからこそ自社がやる」というマインドセットにとらわれ、「他社がやっていないからこそ、自社がやるのだ」という賭けを避けることが多い大半の日本企業にとっては耳の痛い話だろう。

 しかし、「ユーティリティーコンピューティングは差別化に貢献できない」という発言はちょっと短絡的に過ぎるだろう。恐らく、同氏のロジックの抜けは、IT投資が企業経営に与える効果を一面的にしか見ていない点にあると思う(もちろん、聴衆に印象を残すために敢えて極論的な意見を言ってみるのはよくあるテクニックではあるが)。

 IT投資の最終目標が企業経営への貢献であることは言うまでもないが、IT投資の効果が最終的に業績への効果として表れるまでにはさまざまな要因が関与する。こうした要因の分析を省略してITの投資効果を考えることはできない。少なくとも以下の4階層に分けて考える必要があるだろう。

レイヤー1:ITインフラに対する効果

レイヤー2:アプリケーションに対する効果

レイヤー3:業務に対する効果

レイヤー4:企業経営に対する効果

 レイヤー1に対する投資がレイヤー4の効果による最終的な価値を生み出すまでには、下の図のように、タイムラグがあるし、ほかのさまざまな要因が影響を与えるため、例えば、ITインフラへの投資を10%増やせば、利益が幾ら伸びるかということを単純に推定することは無理な相談なのである。

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 このように階層に分けることで、各階層で求めれられる価値も異なるということが見えてくる。レイヤー1で求められる価値は、言うまでもなく、性能、安定性、低コスト性、俊敏性などである。ユーティリティーコンピューティングは適切に展開されれば、これらの価値を提供できる。だれもが使っている標準的なテクノロジーを使うことは、このレイヤーでは大きな問題とならない。

 逆に、このレイヤーで無理に差別化を行おうとして、他社と違うことをやろうとするのは意味がないことが多い。これは、「他社が100ボルトの電気を使っているので、わが社は150ボルトの電気を使おう」と言っているようなものである。

 逆に、レイヤー2においては、差別化のためのIT投資も重要となるだろう。もちろん俊敏性の獲得や、他社の失敗を繰り返すリスクの回避のためにも、確立したベストプラクティスを真似ることも重要だが、それだけでは駄目ということである。つまり、電気で差別化をするべきではないが、電気の使い方で差別化をすべきということだ。

 ガートナーがTCO(総合保有コスト)のモデルデータを公開したとき、コストだけではなく効果のモデルデータはないのか、という質問を頻繁に受けた。残念ながら、IT投資効果のモデルデータの構築(例えば、パソコン1台買えば企業の利益にどれだけ貢献できるか)は非現実的である。

 IT投資の投資効果の分析はコストの分析ほど単純明快ではない。しかし、上記のようにIT投資の価値をレイヤー別に分析することは、この複雑な問題に挑戦する上での最初のステップになるだろう。

[栗原 潔,ガートナージャパン]