エンタープライズ:PR 2003/10/30 00:02:00 更新


対談:インターネットが教育を変え、教育がインターネットを支える――グローバルシェアを支える基盤を目指して (2/2)

大川 SOIの海外展開をするに当たって困ったことといえば、コミュニケーションが困難だったことですね。普通にテクニカルタームがわからなくてコミュニケーションができないというだけでなく、オペレーションに対する理解が足りないというか、サーバの電源は落とさないというような共通の常識がないことが、運用していく上での問題になっているんですよね。そういう場面で、アカデミーの卒業生がいれば心強いですね。

太田 現地に、ネットワークのことが分かるサポートチームがあると非常にいいということですね。

大川 インフラがなかなか整備されなかった地域でも、そろそろ国が本気になってきています。何とか整備を進めようと工面しているんです。我々のやっている人材育成プログラムが、そういうところで活きてくれば良いですね。

大川恵子氏

SOI(School On the Internet)プロジェクトを率いている慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授大川恵子氏


太田 アジア諸国の学生さんたちの学習意欲が高いことは定評がありますが、そうしたモチベーションの高いところに、日本発のコンテンツを出していけるのはいいことですよね。

土本 国際貢献の1つだと思います。ただ、コンテンツ提供を考えるにあたり思うのは語学の問題でしょうか。世界中をかけめぐる最新インターネットテクノロジは英語で提供されているものが多いじゃないですか、日本人のエンジニア育成を考えるに当たり、語学の問題は大きいですよね。日本発のコンテンツは日本語で提供されるものも多いですしね。

大川 逆に、日本が取り残されるんじゃないかという危惧もありますね。

太田 例えば、アカデミーの教材ですが、アジア太平洋地域では翻訳を行わずに英語で統一しているんです。でも日本では、日本語への翻訳が必須ですし、またUSで集中して行なっている英語のヘルプデスクをそのまま利用できないという問題がありますよね。そのために日本国内でのヘルプデスクを設ける必要があったりするわけです。

土本 でもおかげで、日本の中では助け合いのためのコミュニティもでき上がっていて、この分野が得意な人、別の分野が得意な人どうしが助け合ってるじゃないですか。これはいい面でもあり、悪い面でもありますが。

大川 今後、どこで活躍する人材を育てようとしているかに大きな違いがあるように思います。日本国内向けの人材を育成するのか、海外で活躍できる人材を育成するのか。アメリカは独自路線をいっているけれど、ヨーロッパやオーストラリアは全世界に通用する人材を明確に目指しています。その中で日本は、なんとなくのほほんとしています。これでいいのか、とも思いますね。

太田 人材を育てるという意味では、日本で問題にすべきはデジタルデバイドよりもランゲージデバイドではないかとも思います。ただ、すべて英語でやって、文化的な多様性が薄れていくようなことがあるとするとそれでいいのかというと、また難しいのですが。

土本 どういった人材を育てていくべきかを考える必要もあると思います。何でもできるスーパーマン的な人材なのか、それとも、いま目の前の現場で求められている職人を育てていくのか。

大川 SOIでは昨年行った「Advanced Internet Technologies」という講義に続いて、来年4月から「Advanced Internet Operations」を開催する予定です。この講義は、アジア地域の方だけでなく、「オペレーションはたいしたことない」と思っているマネジメント層の人にも見てもらい、その大切さを知ってもらいたいと思っています。つまりネットワーク職人も必要だし、マネジメント側の理解も必要だと思うんです。以前所属してた会社には、技術とマネージャという「2つのはしご」があって、中にはいわば大工の棟梁のようなものすごいエンジニアがいるわけですよ。そういうかっこいいエンジニアが育ってきてくれるといいなと個人的には考えています。

太田 何より技術者の層が厚いからできることですよね。まずは裾野を増やしていくことが大事だと思います。シスコ・ネットワーキングアカデミーはそこを担っているわけですが。

技術がコミュニケーションを変える

土本 各々の取り組みが始まって数年経つわけですが、でも気が付くとずいぶん人材は増えていますよね。特にエントリレベルの人材育成はできていると思います。

土本康生氏

ネットワーク技術の教育・啓蒙活動にさまざまな形で取り組んでいる慶應義塾大学政策・メディア研究科専任講師、土本康生氏


太田 日本でもアカデミーの受講者は、おおむね、毎年2倍のペースで増えていて、現在は7000人以上が受講しています。

土本 高校でのアカデミー実施校が増えると、もっとドラスティックに増えるかもしれませんね。

太田 米国では実際にそうなっていて、まず高校でCCNAレベルの技術を身に付けて働きに出て、そこで大学進学資金を貯めてから自分のやりたい道に進学したり、さらなるキャリアアップを目指したり、という道筋ができているんですね。

大川 日本だと、受験があるうえに、そういったキャリアステップ自体がないので難しいかもしれませんね。

太田 それでも5年間続けてきて、今までの教育ではできなかったことが、やっと芽が出てきたように思います。

大川 SOIの場合はまずインターネットありきで、いつでもどこでもつながっているというのが前提になるのですが、現実にはつながっていないところも多い。そういうところにアカデミーでスキルを身につけた人がたくさん入ってきて、ネットワークを構築してくれればインターネットを利用した学習環境も、一気に広がるんじゃないかと期待しています。

太田 ネットワークエンジニアにとっては「つなぎたい」「つなぐことが幸せ」っていう気持ちが強いですよね。まさに「つなぐことが命」ですよね。その意味ではインターネットのエンジニアには、一人でこもる人はあまりいないような気がします。

土本 インターネットにつなごうとすれば、設定に関するいろんな情報を交換しなきゃいけない。これは1人じゃできませんから。事業者と何らかの交渉をするなり、コミュニケーション能力が欠かせません。

太田 アカデミーの教員トレーニングに参加される先生の中でも、仲間意識というか、コミュニティがどんどん広がっています。先生向けのプログラムでは、高校の先生も高専の先生も、大学の先生も、専門学校の先生も、同じクラスでトレーニングを行い、結構苦しいスケジュールを一緒にこなしていくわけです。先生方にとっても、そうした異なる背景の人とコミュニケーションする場というのはめったにないチャンスにもなっているんです。

大川 まさに異文化交流ですよね。

太田 教員どうしで新しいテーマや教え方を議論したり、助け合ったりして今までにない経験をされ、「人生がすごく変わった」とおっしゃる方もいました。

大川 コミュニケーションの場を作るのは非常に大事なことだと思います。実際、SOIでは講義の接続確認の際に、東京から「タイはどうですか?」「マレーシア大丈夫ですか?」と問いかけていたのですが、同じ言語を話すエンジニア同士が、いつのまにか話合いはじめ、お互いを助け合うようになりました。1対多だと思っていたコミュニケーションがメッシュ型になっていたわけです。テクノロジがコミュニケーションを作り、変えていくのだということを実証されたいいチャンスでした。

太田 やはりコミュニケーションですよね。こちらから一方的に教えるのではなく、みんなが必要に応じて教えあう、つまりグローバルシェアが可能になるような環境を用意していければと思います。

大川 村井純先生のお父さん、教育学者である村井実先生が以前「教育はコミュニケーションである」とおっしゃっていたんですが、色々と実践してきてみて「ああ、なるほどなぁ」と感じるようになりました。

太田 それに向けてSOIとアカデミーもさらに連携していかなければいけませんね。

土本 教育はコミュニケーションであり、それを支えるインターネット通信基盤を構築する人材育成は非常に大切なんですよね。これからもインターネットエンジニア育成を続けて、それらのエンジニアがインターネットを利用した新しい教育環境をつくっていけるよう頑張りましょう。



関連リンク
▼SFC Open Research Forum 2003
▼シスコ・ネットワーキングアカデミープログラム
▼School On the Internetプロジェクト
▼慶應義塾大学SFC研究所

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[構成:高橋睦美,ITmedia]