エンタープライズ:ニュース 2003/11/21 09:06:00 更新

SFC Open Research Forum 2003 レポート
村井純×坂村健 対談:「ユビキタスは日本が貢献できる少ないチャンス」 (1/2)

今年から六本木ヒルズで開かれている慶応大SFCのORF。慶大の村井教授と東大の坂村教授が、ユビキタス社会の実現に向けて、テクノロジーの持つ存在感を存分に語り合った。

 慶応SFCが開くOPEN RESEARCH FORUM(ORF)の今年のテーマは「天地共生:ユビキタス社会のかたち」だ。初日の11月20日、村井 純教授(慶応大学環境情報学部)と坂村 健教授(東京大学大学院情報学環)が、ユビキタス社会の実現に向けて、テクノロジーの持つ存在感を存分に語り合った。

 そこには、技術についての無理解が多くなっていることに対する痛烈な批判も含まれるが、ユビキタスコンピューティングは「日本が世界に貢献できる数少ない分野」という点で一致をみた。二人の対談を振り返る。

村井氏(左)と坂村氏(右)

村井氏と坂村氏による対談の第二ステージは12月のTRON SHOWで実現する


村井 ユビキタス社会になっていく家庭を技術的な面からお話したいと思います。最初のお題は、ユビキタスはデジタル、インターネットが基盤になるという点です。私が日本のインターネットの基盤を作っていったときに、東京大学の坂村さんと組んで一緒にやってきたという経緯がありますが、ユビキタスはインターネットが基盤であるということについて、どう思いますか?

坂村 それは絶対の事実です。村井さん中心のWIDEは有名だけど、初めてインターネットに接続したのは、東大なんです。まだARPANETのころですが、東大の天文関係のデータがほしいと米国に言われて、ハワイ大学を経由してつなぎました。ちょうど村井さんは日本でインターネットを普及しようとしていましたけど、WIDEにも半分お貸ししていました。東大は民営じゃないので、残念なことに慶応と違って何やっても良いということではなかったのですが(笑)。だから誰でもつなげられるという活動はできませんでした。

村井 WIDEがつないでいたのは東大でした。当時はネットワークを広げていく上で、いろいろ分からないことばかり。大学と企業のコンピュータをつなげるのは良いことなのかも分からなかったけど、蓄積ができてきた。そういうところで大学は役割を果たしてきたわけですが、これからどうでしょうか?

坂村 新しいテクノロジーが生まれてきたとき、大学が何をやるのか、役割を果たすことは重要なわけです。私のユビキタスコンピューティングの世界はインターネットが直接の対象じゃないのですが、インターネットがあるから実現できるので、間接的には大きな関係があります。こういうインフラが整備されているのは、新しい分野の研究のためにすごく重要なわけです。なければうまくいきません。

村井 基盤というのは、そういう意味で次のステップを踏むための足場ができるということなんだろうと思います。

 そういえば、私が学生のとき、ARPANETで日本からケン・サカムラが来ると伝わって、アメリカ人がコンピュータの裏側をパタパタ閉めたという神話を聞いたんですが。

坂村 そんなのうそですよ。でも、ARPANETにはなんともいえない思いがあります。70年代の終わりころ面白くない事件があったんです。技術の知的所有権とか、IP問題とか。それ以前は、大型計算機を買うと、回路図とOSのソースコートが全部付いてきた。オープンアーキテクチャといえば、すべてオープンだったのですが、コンパチが出てきたころから、おかしなことになってきた。80年代に近づくにつれて、だんだんオープンじゃなくなってきて、不幸な事件がおきたことがありました。

 そのころ、日本が何をしたら良いか、と少し米国にいたんです。アメリカ人は親切で、ARPANETを使って西海岸から東海岸に行くと連絡してくれた。相手がいなくても連絡取れちゃうんだから、電話より便利なわけですよ。これはすごいなと。

村井 天才サカムラが来るってことだったと聞いているんですけど(笑)。

坂村 ネットは無色透明。良いことも悪いこともどっちも伝わりますよね。

村井 インターネットは基盤となったわけですが、専門家だけでなく、普通の人も使えるようになりました。

坂村 その方がすごいことですよね。コンピュータはそれまで専門家しか使えないものだったから、そこが違う。

村井 普通の人が使えるということは、はっきりいって面白くなりましたよね。SFCには新しく看護医療学部も加わったのですが、高齢化社会などに対して、新しい応用範囲が生まれてきた。コンピュータが計算だけでなく、人の役に立つようなってきたわけです。坂村先生のイネーブルウェアというのは、どういう背景で生まれてきたんですか?

坂村 イネーブルウェアは「可能にする物」ということで付けたものです。私はコンピュータが好きですし、コンピュータが人類の役に立つような活動を積極的にするべきだと考えて、必要な機能を研究しています。その一環です。

 よく携帯電話で説明するんですけど、電話は100年以上前にグラハム・ベルが難聴の奥さんとリモートから話せるようにするために作ったんです。なのに、いまでは普通の人も使うようになった。いまではディスプレイを持つようになって、文字が送れるから完全な聴覚障害の人も使えます。そういうところで感動するんです。

 私は、インフラに関することは誰かがオープンでやらなければいけないという信念に基づいてやっています。TRONはPCを作るプロジェクトに失敗したからタダにしたんじゃなくて、最初からロイヤリティーとるなんてことにはしていないんです。

 コンピュータは面白くなってきているけど、一方で商業主義にもなってきています。産業基盤に乗って発展してきたわけだから、完全には否定できないけど、僕らがやろうとしている理想のコンピュータとはズレてきます。これをいかに戻せるかの戦いなんですよ。

 商業主義的なところでヘゲモニー(覇権)を取るというのがTRONプロジェクトじゃないのです。企業の役に立つことも考えつつ、理想のコンピュータを作りたいと思っています。理想のコンピュータを作りたいという思いが、基盤の部分はフリーにする、オープンにする、イネーブルウェアみたいな活動に現れてきているわけです。

村井 僕もそう思います。専門家は家の中にごろごろTRONがあることは知っていましたけど、TRONが組み込みの中で発展してきて、世の中で大変な話題になって、いまは理解されるようになって来ましたね。

坂村 いろんなことがあって、理解されるようになって来ました。「PC作って失敗したからTRONを作りました」と言う人もいるけど、そんな一言で言い表せるものではないんです。分かっている人もいるし、まだ分かっていない人もいる。分かっているけど、わざとこう言いたがる人もいます。いろいろです。20年間で分かってきたけど、人間には悪い人が多いんですよ(笑)。

技術の無理解

村井 汎用のコンピュータでなく、携帯電話の中のコンピュータとか、家電や自動車もコンピュータで制御されています。こういうものとインターネットはどうやって結びつくのでしょうか? 

坂村 最初に言いたいのは、多くの人が技術がどう社会に影響を与えるか、ディスカッションするのは良いことだけど、技術的に勘違いした人が参加するのは止めてほしいということです。テクノロジーに真実は多くあるわけではありません。感情論で参加してほしくないと思います。

 TRONのリアルタイムOSとラウンドロビンOSは、徹底的に違うものなんです。私たちがやっているのはリアルタイムOSで、Windows、LinuxはラウンドロビンOSなんです。TRONは違った種類の仕事をするときに、優先度を付けて必要なときに集中できるんです。

 イベントが起こってタスクからタスクへ切り替わるのにTRONの場合は1μ秒で制御できます。それに対して、WindowsやLinuxにはそういう機能はありません。イベントが起きても待つしかないんです。こういうラウンドロビンスケジュールは人間相手なら問題ないけど、機械相手の仕事だと1μ秒程度で切り替わる性能が必要になってくるんです。

 マイクロソフトやLinuxのモンタビスタがT-Engineフォーラムに入ってきたのは、この違いがあるからです。最近、勘違いしている人がいて、携帯電話でLinuxが載ったものがあるじゃないかと言うのですが、RTといって電波の部分をコントロールしているのはTRONなのです。

 将来のインフラを語るとき、技術的に間違えているのに、Linuxがとか、TRONとどうするか、とか語られるのには、さすがに頭にきますね。私はコンピュータサイエンスの先生ですから、そこをいい加減にして感情論で語るわけにはいきません。こういうことは大事なことで、知らずに未来のことを語ってほしくないですよ。

 LinuxやWindowsはどちらも素晴らしいと思います。WindowsはPCの分野で経験を積んできているわけですから。しかし、これと独占の問題はまた別です。ディスカッションでは対象を明らかにしてもらわないと困ります。マイクロソフトと戦うとためにわざわざプロジェクトを作ったりする人がいますか? Linuxと戦うためにマイクロソフトと手を組んだとか、言うのはおかしいですよ。

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[堀 哲也,ITmedia]