ドライな時代に合ったドライな労使関係
「自分のコストと価値」をレビューできる仕組みを
ダイエーで、社長を含めた幹部が店舗で販売活動を行ったことが多くのメディアに報じられた。また、先日テレビ東京の番組で、ボーダーフォンの幹部が街頭でティッシュ配りをする様子が放映された。果たしてこれらは、どういう経営判断によって意志決定されたのだろうか。
両社は、経営的な困難に直面している。経営立て直し中のダイエーは、この中間決算でも思うような数字をあげられなかった。一方の、ボーダーフォンは、新規販売が頭打ちで、解約も増えているという。その打開策として、幹部が営業の最前線に出たという趣旨の報道が多かった。
経営幹部が現場を見ることは、悪いことではない。しかし、そのコストが問われることになる。当然ながら、経営幹部の年収は一般社員よりも高い。そして、それ以上に、経営幹部だからこそ会える商談相手がいる。幹部としての業務を行う時間をつぶしてまで現場に出る価値は、それほど大きくないと言えるはずだ。組織が階層構造になっているのは、そのためでもある。
今回の2社の例は、「こんなに頑張っていますよ」という単なるパフォーマンスにすぎない。ただし、もしもこの2社が、きちんとした意志決定の下で、このようなパフォーマンスをしたのであれば、それは賞賛に値する企業行動だろう。
例えば、ダイエーの場合、多くの新聞やテレビが、店頭で商品を売る幹部の姿を報道した。そのマーケティング価値を見込みで計算し、それを超える価値があると判断したために、幹部が店頭に出るという意志決定を行ったのであれば、それは正しいのだ。ボーダーフォンもしかり。
しかしながら、「何となくやってみるか」「株主や債権者に向けたお詫びパフォーマンスだ」程度の経営判断だったとしたら、それは企業としての意志決定に問題があることになる。
あらゆる従業員に「自分の仕事の価値」を理解させる
こうした考え方を意志決定基準として、全社的に広げることができれば、すべての従業員の仕事に関する考えを一変させられるはずだ。日本が文化的な土壌として持つKAIZEN意識に加え、「自分の効率性」「自分の価値」「活動の価値」という判断基準を彼らにもたらせる。
そのためには、人事評価基準を改める必要が出てくるだろうし、そのほかにもさまざまなビジネスプロセスを見直さなければならないだろう。ただ、従業員の意識を変革するという点から見れば、最も手っ取り早く、かつ合理的な改善になるはずだ。
そして、そのために利用する意思決定支援ツールは、BIの領域から選択する必要はない。最も単純な例を挙げておこう。システムは、従業員がやった仕事と、それにかけた時間、およびその結果をデータとして持っておき、集計結果だけをレポートしてくれればよい。
高度なものになれば、従業員の活動履歴を分析して、それぞれに向いた仕事を与えられる仕組みも作れるだろう。また、そのときの活動は目立たなくても、将来的に莫大な価値をもたらしてくれた従業員をリストアップすることもできる。
こうした改善活動においては、ITを使うだけですべてがクリアされるわけではない。例えば、人事考課のプロセスを統一することで不公平感をなくすことも重要な要素になる。
相応な対価と企業に所属する価値
ここ数年、「開発した技術に相応の対価を求める」裁判が立て続けに起こさている。中村修二氏の青色LEDがあまりにも有名だが、最近もキヤノンの元社員が、発明対価の一部、10億円の支払いを求める訴訟を起こした。このような場合にも、従業員に対して自分の仕事の価値をあらかじめ明らかにしておくことは有効だ。
企業は、該当する研究に必要な設備などを購入したわけだし、発明されるまでの人件費をきちんと支払っている。また、「もしも同じ設備・環境を別の従業員に与えたら、もっと早く発明できていたかもしれない」という仮説は崩しがたい。
今になって訴訟を起こしているが、従業員はそれまでの契約形態の中で仕事をし、その対価を得てきたわけだ。それがイヤなら、企業に属さずに自前で高額な設備を購入して研究すればよかったのである。企業に所属することで得られるメリットを、事前にきちんと判断させておくべきだった。
仕事によって企業に価値を提供し、それ相応の対価を得る。企業に所属するメリットについても理解してもらう。現場における自発的な意志決定は、どの業務にどれだけの時間を割くべきかということに加え、企業に所属することに価値があるかどうかという微妙な問題もはらんでくる。
ただ、時代は変わった。企業への帰属意識は、年々低下する傾向にあり、この流れは止まらないだろう。従業員が相応な対価を要求する以上、企業は相応な価値を従業員に求めなければならない。従業員一人ひとりに、みずからの行動価値を明確に理解してもらう。そのためには、だれもが客観的に判断できる指標をITで明確化することに加え、その指標を前提とした理想的なレビュープロセスを策定しなければならない。
[月刊コンピュートピア,編集長:井津元由比古]
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