自律型生活支援ロボット「リー・マン」は介護現場に降り立つか:驚愕の自治体事情(3/3 ページ)
視覚・聴覚・嗅覚・触覚の感覚器を備え、これらの情報処理を行いながら人を抱え上げる世界初のロボット「リー・マン」。将来的には介護現場での活躍を期待される同ロボットの研究・開発を進める「理化学研究所バイオ・ミメティックコントロール研究センター」を訪ねその成果と課題を聞いた。
実用化に必要なクリアすべき数々の問題と、研究機関が抱える苦悩
前述した問題点をクリアすべく、さまざまな研究を重ねてきたリー・マン。例えば、2個のモーターで2つの軸を制御し、2つのモーターの力の和で動かす「干渉駆動」という機構の開発により、小型で高出力という課題を達成し、体長158センチ、重さ約100キロという人間の生活空間に存在しうるサイズにすることに成功している。
安全面でも、上半身の顔や胸などほぼ全体が厚さ約5ミリメートルのシリコン素材で覆われており、指で押すと軽くへこみ、モチモチとした手触り。その下には合計320個の圧力センサーが内蔵されていて、人と触れ合う際の力加減などを調整できるなど、かなりのレベルまで課題解決がなされている印象を受ける。
「まだまだ解決すべき問題の方が圧倒的に多い」と向井氏。現実の介護現場で使うことに対しての現時点での完成度は、「10段階で言えば5」だとか。
現時点のリー・マンは、床もなだらかで、最初に自分が立っている場所と(抱え上げる)目標物との距離・方向も一定、新たな障害物などが存在しない、抱き上げられる人の体型・体勢が一定、などの限定的な状況下でのみ問題なく動作するというレベルで、変化する環境への適応性、つまりはさまざまな状況に対処するセンサーそのものの能力やセンサーの情報を処理する能力において改良の余地が大きくあるという。
また、落ちそうになるとそれを防ぐ動作などの「学習」に関しても、今もある程度はプログラムされているがまだまだで、特に、変化に対する補正する能力が不十分だという。これは認知科学の基本的かつ永遠の課題で、結局人間と同じように行動するためには変化する状況、つまり「場合」の数が無限に多くなり、膨大な計算が必要になってくるためである。
例えば、現在リー・マンが抱えられる体重は計算では40キログラムだが、これはあくまでも計算で「力が出せる」数値であって、実際に痛くないように、落ちないように、どう抱けば? ということを考えながら、本当にその重さの人を抱けるかは別問題なのだ。
「とはいえ、今の人員・予算で研究を進めれば、あと5年もあれば実用に耐えうるリー・マンを完成させることはできる」という向井氏の懸念は、あらかじめ定められたプロジェクトの期間が、あと2年であるという現実に向けられている。つまり、あと5年で実用化できる見込みであっても、プロジェクトがあと2年で終了という現状では後にどうつなげるかが困難だというのだ。あくまで研究機関であって、開発機関ではないという悩みがここにある。
民間に引き継げるまでの国・自治体からの資金援助と法整備が今後の課題
結局、現在のリー・マンは、基礎研究の応用のアウトプットである。これを人間の生活の中に存在するロボットとして存在させるには、つまるところ商品化という道筋が必要だ。「5年」というのはあくまでも技術的な話で、原価・利益は考慮に入れていない。現状は、行政法人だからこそできる研究なのである。
商品化につなげるには、国がきちんとお金を出して、民間企業が引き継げる状態まで熟成させる必要があると向井氏は言う。そして、その段階で最も大きなネックになるであろうと考えられるのが、開発に伴う人体実験に関する法的な問題だ。
現状、テストは人形で行われている。現時点でも老人ホームなどから体験や実験などの申し入れは来ているというが、それを実行しようとすると人体実験に当たる可能性もあり、難しいと言わざるを得ない。また、実際に導入された際の安全に対する責任の所在などの部分でも、法的な議論は必要だろう。
民間に引き継げるまでの資金的・組織的援助と法整備、この大きな課題を乗り越えて、介護の現場にリー・マンが登場するのは、それでも遠い日ではないと信じたい。
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