慣例人事の中でCIOを埋没させてはならない:サバイバル方程式(2/2 ページ)
コストを最小限に抑えながら、事業そのものや業務の全体最適化を進めるには、CIOの役割がますます重要になる。そんな中で、持ち回りの慣例人事の一部としてCIOを位置づけてはいないだろうか。
兼任ではとても消化しきれない課題山積
さて、CIOが設置されているか否か、専任CIOであるか否かで、企業経営に差が出てくることを、7月に続いてもう一度簡単に振り返ってみる。
全社レベルの迅速な意思決定が実現できる企業の割合は、CIOを設置している場合は78.8%、設置していない場合は57.2%という調査結果が出ている(経済産業省「情報処理実態調査」 調査対象9500社、2006.3.31.)。同じ調査で、専任CIO設置企業の方が、兼任CIO設置企業よりも意思決定の迅速化ができているという結果も出ている。
特に近年、経済のグローバル化で経営環境は激変し、企業はそれに迅速に対応することが求められ、IT技術も急速に進歩するので、俊敏にして適切な対応が求められる。従ってITに関する業務について、広範囲で高度な戦略や意思決定が必要となる。加えて、J-SOX法への対応で企業グループ全体として取り組む必要がある。そういう状況下で、IT投資額に対する評価は厳しくなり、取り組むテーマも戦略性を増し、周囲の動員の規模も社外を含めて大きくなる。まさに、CIOの任務が益々重要性を増し、CIOの力が試される。しかも兼任ではとても消化できないところまで来ている。
ところが、CIO設置企業の割合が40%前後、専任CIOの設置企業に至っては10%に満たないという結果が、上記の同じ調査で出ている。しかも、日本の場合は業務の70%以上CIO関連業務に従事していれば「専任」とみなされると言うので、本当の意味の専任CIO設置企業は数%に過ぎないだろう。米国ではCIOの専任が当たり前で、CIOがプロフェッショナルとして認識され、CIO労働市場も確立しているが、日本の場合は未成熟であり、由々しき問題である。さらに、そのことが問題として捉えられていないところが一層問題であると言える。
前述のA社にしてもD社にしても特殊な例ではなく、兼任で非力なCIOがいかに問題であるかという日本の実情を象徴的に表している。
兼任では、A社のBにしてもCにしても本業の総務部長職が重点になって、CIO職はあくまでも「慣例としてやれと言われているからやる」というおまけのような認識である。Bの個人的な善意や人情には少し救われるが、CIOとしては何の役にも立たない。
またD社のEの場合は専任CIOとは名ばかり、その存在の軽さは社内で見抜かれている。
兼任CIOは、意味をなさない。しかも、兼任者の個人的な「善意」に頼っても何の役にも立たない。まして形だけの兼任は論外だ。
専任CIOにしても、100%の専任でなく、そのうえ力不足の人材が専任に当てがえられては、ITにダメージを与えるだけである。
そろそろ日本も、CIOを専任とし、CEOに直言でき、しかもCEOから信頼される人材を当てなければならない。それは、誰もどうすることもできない。トップに目覚めてもらうしかない。
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