「通じない電話、返ってこないメール」で顧客を裏切らない:日本IBMのWeb販促
インターネットの向こう側に専門の担当者を置き、ホームページを閲覧している顧客にチャットに話しかけ、製品を勧める販売促進を日本IBMが始めた。既存顧客への“受け身”の営業では売り上げのパイは拡大しないという認識が、「顧客の生の声を聞いてその場で応える」というWebの特性を活用した販売促進につながった。
「何かお困りですか」「どういった製品をお探しでしょうか」
店員の提案により思ってもみなかった製品に出会えるのが、店舗での買い物の醍醐味だ。インターネットを使ってEC(電子商取引)サイトにアクセスし、自発的に製品を探すというやり方では、こうした機会は得にくい。
日本IBMは、「店舗でのやり取り」という仕組みをインターネット上に持ち込み、販売促進として展開し始めた。同社は、Webサイトで商品を閲覧しているユーザーにチャットで話しかけ、顧客にさまざまなアドバイスをする“相談相手役”を買って出る。顧客の声をリアルタイムに聞き出し見合った製品を勧めることで、電話や電子メールによるサポートサービスでは対応しきれない顧客のニーズを満たし、売り上げの拡大につなげようとしている。
迷っている顧客を見つけ、自発的にアプローチ
日本IBMが開始した販売促進は「IBM ライブ・チャット」という。これは「ソフトウェア」と「ソフトウェア・ダイレクト」のページを一定時間閲覧したり、トップページから4階層下までアクセスしたりした訪問者に対し、担当者がチャットで話しかけるもの。
「Tivoli」や「InfoSphere」など、IBMが掲げる5つのソフトウェアブランドごとに、チャットの担当者を1人立て、計5人で顧客に製品の説明をする。顧客の要望をその場でつかみ、適切な製品を勧めていく。
米LIVEPERSONのチャットツール「LivePerson」を使い、顧客のIPアドレスやドメインを判断し、チャット画面を表示させる。ユーザーは特別なソフトウェアやアプリケーションをPCにインストールしなくてもいい。チャットによる販売促進の時間は、平日の9時から17時半まで。さながら、インターネットの向こう側に店員が常駐しているようなイメージだ。
一定時間ホームページを閲覧したり、トップページから4階層下のWebページにアクセスすると「IBM担当者を呼び出しております。しばらくお待ちください」「IBM担当者○○が対応しております」という表示が自動的に表示される。接続を許可すると、チャットができる。訪問者はチャットの画面が出るまでは、担当者とチャットをすることはできない
本番運用に当たり、どれだけの訪問者がチャットを使うのかを検証するために、12月7日から26日まで試験運用を実施した。ソフトウェア関連のホームページに訪れた7万7000人の中で、チャットができる条件を満たしたのは3万1000人。その内の1万人にチャット画面を表示した。チャットをすると選択した訪問者は240人で、チャット画面で営業担当者と接続して、やり取りをしたのは140人だった。
「こういった製品が欲しいけど、具体的な製品名が分からない」「電話や電子メールで聞くほどではないので、ホームページで調べる」――こう考えてWebサイトに訪れる訪問者が多数存在することが分かった。その声を拾い上げてきめ細やかにサポートすることで、「数十万円〜100万円程度のソフトウェア製品を数件受注できた」(日本IBM)。
9割を占める直販ではロングテールにリーチできない
「ホームページに来てくれる顧客は、製品の購買意欲が比較的高い。購買までの意志決定の橋渡しをする」。日本IBMのソフトウェア事業でマーケティング&ストラテジー ブランド・マーケティングを担当する首藤薫課長は、IBM ライブ・チャットの狙いをこう語る。
日本IBMのソフトウェアの販売は、対面営業やパートナー企業の協力による直接販売が売り上げの約9割を占める。一方、電話や電子メール、Webサイトを活用した非対面営業は1割程度にすぎない。
全国に営業拠点を持たない同社にとって、地方の顧客に対する営業活動は「セミナーで交換した名刺を使った電話営業」(首藤氏)などが主流だった。また、対面営業では購入までの時間がかかる。「リアルタイムに提案できない受け身の営業活動では限界が見えつつあった」
こうした反省を生かし、同社は非対面営業の強化に踏み切っている。2008年1月には、3D仮想空間「Second Life」内でハードウェアのショールームを開き、月間500ユーザーが訪れる「売り場」を作った。Webブラウザを立ち上げずに、IBM関連のニュースや株価、サイト内検索といった機能をデスクトップから利用できるウィジェットの提供も、2008年5月に始めた。
だが「こうしたサービスを使ってくれるのは、インターネットのことをよく知っている“IBMフィーバー”(IBMの製品を従来から使っている人)がほとんどだった」(首藤氏)。既存の顧客を囲い込むだけでは、売り上げのパイは拡大しない。こうした反省から、「ロングテール」の顧客を取り囲むという点に軸足を移し、IBM ライブ・チャットを生み出した。
「通じない電話、返ってこないメール」では売り上げにつながらない
今後は、チャット成立を月間500件にして、月20件の成約を目指す。チャットによる担当営業の増員も考えているという。こうした目標の裏には、「Webサイトを情報発信ツールとしてではなく、売るためのツールにする」(首藤氏)という考え方が反映されている。
従来のサポートサービスの多くは、電話や電子メールによるものだ。だが、「通じない電話、いつ返信があるか分からない電子メール」(首藤氏)では、顧客の不安を払しょくできない。Webサイトの向こう側にいる顧客の声を聞き、その場で対応ができるチャットは「サポートサービスの第三のツールになる」と首藤氏は力を込める。
景気悪化が商品の売れ行きに打撃を与える中、多くの企業は「話しかけてくる顧客は絶対に逃したくない」(首藤氏)と考える。企業にとって、発想の転換や工夫で売り上げ増を狙えるWebを活用した販売促進は、従来通りの営業活動から一歩抜け出すための手段になりそうだ。
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