予見力のトレーニングにもなる 〜 『目に見えない資本主義』:マネジャーに贈るこの一冊(2/2 ページ)
すべてを数値化することに綻びが生じ、大きな力が小さな力をコントロールすることに疑問を感じるようになった現在(いま)、『目に見えない資本主義』を題材に、組織のマネジメントが抱える問題について考えてみよう。
数値化できない貢献には価値がないのか
マネジャーの皆さんは、自らが率いる組織を1つの経済圏と見なして本書を読んでみてはどうでしょうか。それによって本書のメッセージをより深く理解できますし、一人ひとりの小さな試行錯誤や実践が、この本で予見されているような社会を創り出していくモメンタム(勢い)につながっていくはずです。
例えば、マネジャーの普遍的な悩みの1つ、メンバーの働きをいかに認めて報いていくかという問題について考えてみましょう。安直な成果主義を導入した組織は、数字に置き換えられない貢献のネットワークが滅んでしまった痛みを味わってきています。皆さんも、マネジャーとしてその渦中でさまざまな奮闘をされたご経験をお持ちかもしれません。
本書の『「貨幣経済」から「自発経済」へ』という章は、こういった悩みに示唆を与えてくれます。というのは、おカネで測れないものの価値が認められづらい経済原理が今後どうなるかを考察しているからです。
先日、本書をテーマとした著者の講演会に出かけました。著者は、企業組織内においても、さまざまな経済的要素が見過ごされていると指摘していました。
例えば、先輩が後輩を指導するとき。自分の私的な時間を割いて仕事のコツを共有したり、後輩の人間的成長に資するようなヒントを提供しようとする先輩がいます。その姿勢や、それがもたらす成果は、必ずしも測定されないし、定量的に測定できるものでもない。しかし測られていなかったり測れないからといって、価値がないということにはならない。そのような話であったと記憶しています。
『「貨幣経済」から「自発経済」へ』という章にこういった問題へのヒントを求めるならば、例えばAmazon.comで行われているような草の根型の評価システムを参考にできるかもしれません。
人は他人の意欲を操作できるのか
あるいは『「操作主義経済」から「複雑系経済」へ』という章。これまでのように政策誘導や市場操作によって経済システムを人為的に制御しようという機械論的な発想から、経済を生命的システムとしてとらえる発想への意識転換を迫る章です。「全体を管理する」発想から「個の自律に委ねる」発想への転換といってもいいでしょう。
この章を自分の組織に置き換えれば、組織のモチベーションをいかに維持するかという、やはりマネジャーの根本的な仕事へのヒントが得られます。
いま「組織のモチベーションをいかに維持するか」という言葉を使いました。われわれはあまり意識せずこのような表現をします。しかし、ここにはある種の操作主義的なものの見方が反映されています。果たしてマネジャーは、組織のモチベーションを上げたり下げたりできるものなのでしょうか。できるとしたらどこまで可能なのか、できないとしたら代わりに何ができるのでしょうか。
著者が社会レベルで語る『「操作主義経済」から「複雑系経済」へ』の観察や予見を組織レベルにスケールダウンして考えてみるのは、面白く実践的な思考実験になると思います。
コラムの趣旨に合わせてやや応用編のような読み方を提案してしまいましたが、マネジャーとしてではなく、一社会人としてストレートに読んでも得るものの多い一冊でした。
著者は本書の冒頭で、2009年のダボス会議に参加したことが執筆のきっかけになったことを明かしています。今日(1/31)閉幕する2010年のダボス会議にも参加している著者は、今年はtwitterを活用してサルコジ大統領の講演内容を疑似リアルタイムでわれわれに伝えてくれました。今年のダボス会議参加がどのような提言として実るのか、今から楽しみです。
(本書は、著者に献本いただきました)
今週の、マネジャーに贈るこの一冊
著:田坂 広志
東洋経済新報社
2009年7月24日
ISBN-10: 4492395180
ISBN-13: 978-4492395189
1680円(税込み)
世界全体を覆う経済危機の中で多くの人々が抱いている疑問、「これから資本主義に何が起こるのか」に答える、著者渾身の一冊。
著者プロフィール:堀内浩二
株式会社アーキット代表。グロービス・マネジメント・スクール講師などを兼任。
「個が立つ社会」をキーワードに、個人の意志決定力を強化する研修・教育事業に注力している。工学修士(早稲田大学理工学研究科)取得後、外資系コンサルティング企業(現アクセンチュア)入社。シリコンバレー勤務を経験。帰国後日米合弁のベンチャー企業にて技術および事業開発を担当。2002年より現職。
著書に『クリエイティブ・チョイス』『「リスト化」仕事術』(『リストのチカラ』の文庫化)がある。「起-動線」「*ListFreak」などのサイト運営も手掛けている。
ITmedia オルタナティブ・ブログにて「発想七日!」を執筆中。
マネジャーに贈るこの一冊バックナンバー、堀内さんのブログ発想七日!も、どうぞご覧ください。
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