グループウェアはクラウド活用でどう変わるか:情報共有の「進化」を促す
クラウドコンピューティングが企業システムの効率化を支援することは、すでに多くの人が知るところとなった。ここでは、クラウドによってさらに活用の幅が広がると思われる「グループウェア」について、その可能性を考えてみることにする。
クラウドの定義にはさまざまなものがあるが、ノークリサーチでは以下の3つの要素を備えた情報システムまたは情報システムの構築/運用におけるビジネス形態のことをクラウドと呼んでいる。
- 要素1 ハードウェア/ミドルウェア/ソフトウェアなど、さまざまなITリソースをインターネット経由のサービスとして提供する。
- 要素2 仮想化/抽象化によって、システム構築/運用における柔軟性と迅速性を実現している。
- 要素3 ITリソースの規模拡大や共有により、スケールメリット/効率改善/可用性向上を実現している。
クラウドはあくまで情報システムの構築/運用における形態の1つにすぎず、決して「魔法の杖」ではない。だが、クラウドが備えるこれらの要素をうまく活用すれば、コスト削減などさまざまなメリットを享受できる。例えば、グループウェアのようにシステムの規模が社員数に応じて大きくなるアプリケーションでは、スケールメリットを活用して既存システムに必要なハードウェアの維持コストを削減できる可能性がある。
下のグラフは年商500億円未満のユーザー企業に対して、「今後、クラウドを活用する可能性が最も高いシステム」を尋ねた結果のうち、グループウェアを含む情報共有システムを挙げた企業の割合を示したものである。
企業規模が大きくなると、既存のグループウェア環境などをクラウド=SaaSへ移行することで運用コストを削減しようとする意向も高くなっていると考えられる。だが、グループウェアとクラウドの関係は単に既存システムの運用コスト削減だけではない。中堅上位企業から大企業(主に年商300億円以上)においてはグループウェアの進化とクラウドが今後密接に関わってくる可能性がある。
そこで本稿では「年商300億円以上の中堅上位企業および大企業」(※本稿では「ユーザー企業」といえばこの年商帯を指す)でのグループウェア活用に的を絞り、「クラウドがグループウェアにもたらす変化」について考えてみる。
グループウェアの変遷とそこから生じた課題
グループウェアとクラウドとの関わりを考える前に、グループウェアがこれまでどのような変遷をたどってきたかをおさらいしてみよう。グループウェアは元来企業内(イントラネット)における恒常的なコミュニケーションツールを意図して作り出された。スケジューラや掲示板を主体とし、社員が日頃の活動状況を互いに「見える化」するための道具として活用されていたのである。
しかし、グループウェアが次第に使い込まれるようになるにつれて、企業が求める情報共有のレベルも単なる日頃の活動状況だけにとどまらなくなってきた。特に顕著であったのは
- 変化1 プロジェクト単位の一時的な情報レポジトリの作成と利用
- 変化2 社内だけでなく社外の人材も対象とした企業間のやりとり
といった動きである。
こうしたニーズに応えるものとして登場してきたのが、
- 対応1 ワークプレイス機能を備えたコラボレーションツール
- 対応2 機能を絞った、無償または安価なデータ共有サービス
といったグループウェアに類似した新たな製品やサービスである。
「対応1」はプロジェクト単位で「誰が参加でき、誰がどのような情報を作成/閲覧できるか?」を手軽に管理できるものだ。期限が決まったプロジェクトにおける情報共有を目的とし、あたかもプロジェクトの数だけグループウェアを構築できるものといってよいだろう。
「対応2」は「緊密にやりとりを行う必要があるが、社内には所属していない人材とのコミュニケーションを円滑化する」ことを目指している。社外利用者のライセンス費用や、導入に際してのサポートを気にかけなくてよいという点も大きなメリットだ。
ところが、こうした製品やサービスの登場は同時に以下のような課題も生み出すことになった。
- 課題1 ワークプレイス乱立による検索性の低下や維持リソースの増大
- 課題2 サービス利用の管理/制限の必要性(コンプライアンスからの要請)
共通基盤を持たないワークプレイスが社内に次々と作られることで、必要な情報は各所に分散するようになる。そのため情報の検索性は低下し、数多くのワークプレイスを維持するためのリソースも増えていく。これが課題1に起因する問題だ。また、データ共有サービスの多くはWebブラウザでの利用が可能だ。すると、情報システム部門の関知しないところで、社員が社外とデータを共有してしまうことになる。課題2からはこうしたコンプライアンスの観点からの問題が生じてくる。
このように「情報共有のニーズが変化するにつれてツールの多様化が起こり、その結果として運用管理面で幾つかの課題が生じてきた」というのがグループウェアを取り巻く昨今の変遷なのである。
進化したグループウェアとクラウドが新たな価値を生み出す
上記に述べた変遷を受けて、実はグループウェア自身も変化を続けている。昨今のグループウェアにはワークプレイス機能を持ち、Wikiやブログといった軽量なツールに相当するコンポーネントを備えたものも多い。大規模向け製品であれば、誰がどんな操作を行ったのかを把握できる詳細なログ記録/監査機能も備わっている。つまり、従来の「イントラネットにおける日々の活動の共有」に加えて、「対応1」や「対応2」の機能も併せ持つ「進化したグループウェア」は既に登場してきているのである。
このようなグループウェアを
- 多数のワークプレイスや大量のデータが置かれてもパフォーマンスが低下しない(スケーラブルである)
- 社外からの利用を可能にしつつ、不正アクセス防止などの堅牢性が保たれている(セキュアである)
といった条件を満たす基盤上で運用することができれば、「課題1」や「課題2」を解消することができる。こうした基盤こそがクラウドでありSaaS利用ということにほかならない。つまり、「進化したグループウェア」をフルに使いこなすという視点に立つと、ハードウェア維持費用の削減だけにとどまらないクラウド活用の可能性が見えてくるというわけである。
クラウドの活用を進めると、グループウェアが今後新たな役割を担う可能性も秘めている。このようなグループウェアには社員のタスクや予定はもちろん、ワークプレイスや各種データ共有コンポーネントを通じてさまざまな情報が格納されることになる。それらはすべての社員の活動履歴を網羅した「企業活動そのもののログ」にほかならない。それらを分析することで自社の業務を効率化するヒントも見えてくるはずだ。
もちろん、ログの集積と分析は自社内のハードウェアリソース上で実施することも可能だ。だが、ログの分析には相応のリソースが必要だ。ビジネス上の判断を下すべき重要な局面で迅速に分析結果を得ようとすれば、必要なリソースも増大するが、そのピーク時に合わせて自らハードウェアリソースを所有するのは現実的ではない。ここでも、グループウェアをクラウド上でSaaS運用する意義が出てくる。グループウェアを情報共有のツールにとどめず、「自社の業務を効率化させるためのエンジン」として活用するという新たな役割を与えることができる。
クラウドの活用というと「既存のシステムを外に預けることで、主にハードウェア関連の維持管理コストを削減する」という観点で検討されることが多い。システム規模の小さい中堅・中小企業においてはグループウェアに求められるハードウェアリソースもまた小規模であるため、自社内運用でもさほど負担が大きくない。つまり、クラウド移行のメリットが小さい。一方、中堅上位企業や大企業であれば、グループウェアを外出しすることである程度のコスト削減効果を見込むことができる。だが、せっかくクラウドを活用するのであれば、コスト削減だけではもったいない。「進化したグループウェアを企業活動のログ基盤と見なし、それを分析することで自社の競争力を高める」といった一歩も二歩も先に進んだSaaSによるIT活用を見据えた上で、グループウェアとクラウドの関係を捉えておくことが重要なのではないか。
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