野球においてデータは“心の支え”であり、“デザート”である 達川光男氏(2/2 ページ)
捕手として80年代の広島カープの黄金期を支えた達川氏が、笑いのプレースタイルの裏側に秘められた緻密なデータ活用術を語った。
誤りではないが、正解でもない
もちろん、データがあれば万事うまくいくということはありません。データはあくまでも判断材料の1つにすぎず、頼り過ぎてはいけません。それに関する面白いエピソードがあります。
あるシーズン中、落合博満選手によく打たれていたので、試合前スコアラーに落合選手の全打席初球のデータを調べてもらったところ、直近の6試合で一度も初球を振っていないというデータが出てきました。
そこで、その試合の初回で落合選手と対峙したとき、インサイドの真っすぐを初球に投げさせました。一般的にインサイドは打たれやすいコースだし、初球ではなかなか投げさせません。インサイドというのは、打球を詰まらせたり、打者を威嚇したりするボールで、見逃しのストライクを取るならアウトコースがセオリーなのです。けれども、初球は打たないというデータに従い、あえて最も危険なコースに投げておくことで、2球目以降のボールが生きてくるだろうと考えました。
するとどうでしょう。その初球でホームランを打たれました(笑)。翌日の試合前に落合選手本人に聞いたら、「これまでの数試合に対戦したチームの投手はコントロールが悪かったので初球は様子見していた。カープの投手はコントロールがいいので見逃すつもりはなかった」と涼しい顔で話していました。
スコアラーが提供したデータは決して間違ってはいませんでした。ただし、そのデータが必ずしも正解というわけではなかったのです。データはあればあるほどいいけれど、それをうまく選択するのが大切なのです。データは“主食”ではなく“デザート”のようなもの、あるいは味付けなのです。まずはプロ野球選手として心技体をしっかり鍛えて、コンディションを整えて、最後の最後でデータを活用するのです。
データは命綱
データは最後の命綱ともいえます。例えば、変化球が苦手だがストレートにはめっぽう強い打者に対し、カーブやフォークなど変化球がまったく投げられない投手がいたとしましょう。そうした場合、コースで投げ分けるしか選択肢がないので、データを活用して配球を組み立て、打者が苦手なコースをついていくのです。
また、戦力で劣るチームが格上相手に勝つためのチャンスを広げるのもデータです。野球の技術はすぐに上達しませんが、データの分析力は努力次第で高めることができます。データに基づいた戦術で弱者が強者に勝つ可能性は十分にあるのです。
最近では、専門システムの導入などでデータの分析精度が高まってきました。昔はデータをあまり重視していませんでしたが、今は結果が出るのでデータの活用が進みます。その繰り返しによって野球におけるデータ活用は徐々に高度化しているといえるでしょう。(談)
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