米シカゴにみる、市民参加で地域課題の解決を目指すスマートシティの最前線:ビッグデータ利活用と問題解決のいま(3/3 ページ)
現代の地域社会が抱える問題は複雑かつ多様であり、その解決に市民の力とICTを活用する動きが急速に広まっている。この分野で先行する米国シカゴの取り組みとはどのようなものだろうか。
シビックテック活用とセキュリティ/リスク管理の両立
元々シカゴ市役所は、地域住民が市民サービスに関する情報を得たり、苦情を申し立てたり、問題の解決方法を問い合わせたりする際の一元的な窓口として「311市民サービス」を早くから開設していた。だが、その後のデジタル化が遅れたために、問い合わせを受け付けた後の状況の追跡・可視化などに大きな課題を抱えていた。
そこで、スマートシカゴ・コラボレティブの「Chicago Works For You」の一環として始まった課題解決型プロジェクトが「Open311」である。2012年、コード・フォー・アメリカから4人のエンジニアがシカゴに派遣され、市役所のIT部門や既存システムのベンダー、スマートシカゴ・コラボレティブなどのスタッフとともに、プロジェクトチームへ加わった。
Open311では、コード・フォー・アメリカのフェローが関係者へのインタビュー調査を実施した後、3日間でHTMLベースの単純化したワイヤフレームを構築、7日間でリアルなデータを入れて表示して、ユーザーのサービスリクエストを可視化し、さらに、個々のサービスリクエスト同士をつなぐ関係性を示していく手法をとった。プロジェクトの早期段階から、地域コミュニティに関わる市民、企業、NPO、行政機関などを対象としたアイデアソンを実施し、どのような形で既存サービスに付加価値を付けられるかを議論した上で、設計にインプットしている。
フェース・ツー・フェースのブレインストーミング、具体的なワイヤフレームやチャートによるシステムフローの単純化・可視化作業などを交えながら、誰でも参加できる雰囲気を醸成し、双方向型コミュニティを作り上げていく市民エンジニアのスキルは、その後工程で、既存システムのAPIに係るベンダーとの連携作業を行う際にも役立っているという。
市民参加型のスマートシティによって地域課題の解決を目指す場合、注意しなければならないのは、プロジェクトの後工程になればなるほど、仕様の修正・変更がシステム全体に及ぼす影響度が大きくなり、コスト増の要因になる点だ。
どんなに良いアイデアや技術であっても、後工程で取り込むことは難しい。また、ユーザーのサービスリクエストに紐づいた詳細情報には、プライバシー/個人情報が含まれる可能性がある。さらに、既存システムとのデータ連携では、行政機関と既存ベンダーとの契約関係、知財を巡る取扱い、データ2次利用のパーミッションなど、法務面の問題も関わってくる。
シビックテックを有効活用するためには、アイデアソン、ハッカソンなどの企画運営体制と同時に、情報セキュリティやITガバナンスの面でサポートする組織体制も早期段階に構築することが必要だ。今後、大容量で多種多様なビッグデータのリアルタイム処理を前提とした市民サービスが増えていくと、後追いのリスク管理では対応できなくなる。日本の各地域でもシビックテックの活用に向けた取組みが増えているが、米国の行政機関のように、統合的なIT組織体制の下で情報システムのPDCAサイクルを回す仕組みも取り入れると、より安全・安心で持続可能なプロジェクトに発展させることができるだろう。
次回は、シビックテックを牽引するコミュニティの運用管理について、米国の各都市の事例を交えながら焦点を当ててみたい。
著者者紹介:笹原英司(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身、千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所などでビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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日本クラウドセキュリティアライアンス ビッグデータユーザーワーキンググループ:
http://www.cloudsecurityalliance.jp/bigdata_wg.html
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