第48回 SIベンダーの“錬金術”が通じない? ざっくりなITインフラのサイジング:テクノロジーエバンジェリスト 小川大地の「ここが変だよ!? 日本のITインフラ」(2/2 ページ)
日本ITインフラはまるで注文住宅のように、要件通りに仕立てようとするのに対し、欧米ではかなり違います。今回は採寸――サイジング――の点から、ココヘンを解き明かしてみましょう。
昨今のITインフラは“プリン”のようなもの?
サイジングは顧客もベンダーも喜ぶ“魔法の錬金術”と言えそうですが、欧米人はその腕を鍛えようとはしていません。一体なぜでしょう?
その答えは、いくら正確な採寸ができても意味がなくなりつつあるから。
今日のITインフラを支えている欧米製のハードウェアやソフトウェア製品。仮想化やクラウド技術などがありますが、実は、これらは日本人が日々研究・切磋琢磨しているほど正確にサイジングされるなんて、外国人は予想だにしていません。もっと言ってしまえば、「ざっくりな人の、ざっくりな人による、ざっくりな人のための製品」です。
これは別にネガティブなことではなく、単に考え方の違いです。サイズの決まった“固い物体”に仕上げるのではなく、ブヨブヨとした“弾力性のある物体”に仕上げる方向で製品開発を行っています。
例えるなら「プリン」でしょうか。プリンの容器を要件通りにいくら正確に採寸して作っても、皿に“プッチン”してしまえば、その自重からスライムのように形が崩れてしまいます。どのくらい形を維持できるか、崩れてしまうのかは、素材や温度次第です。
仮想化インフラも、プリンと同じ。構築中は、一定温度に守られた環境下で、SIベンダーによって正確に採寸された容器の中で作り上げられますが、いざカットオーバーになって皿に空けると状況が変わる。さまざまな内的・外的要因が重なり、元々の採寸(サイジング)から変わってしまうわけです。いわゆる「前提と変わった」ってヤツですね。
技術的に言えば、リソースを余分に消費してしまう“オーバーヘッド”効果と、実消費量を減らす“オーバーコミット”技術のせめぎ合い。そこにハードウェア側の仮想化テクノロジーも絡みますので、ちょっとしたイベントや朝夕などの時間帯で負荷が変わります。
運用に入れば形が崩れてしまうので意味が無い―――「サイジング」について、SIベンダーの求める情報とメーカーの提供する情報にギャップがあるのも、こういった背景があるわけです。
米国のインフラサイジング
最後に、その“ざっくり”な製品を設計開発している米国のインフラサイジングの例を簡単に説明しましょう。
まずは注文住宅(テーラーメイド)型の場合。面白いのは、あえて1つ上のモデルを選んでしまう傾向です。Mサイズで十分な採寸なのに、あえて緩々のLサイズのTシャツを買ってしまうようなもの。ピッタリのものを買うのは嫌がります。
もちろん、日本でも流行りのクラウドサービスやハイパーコンバージドは建売住宅(既製品)型も伸びています。既製品であるがゆえ、これらの製品やサービスの多くは「サイザー(Sizer)」と呼ばれるサイジングツールが無償で用意されています。機械的なツールですので職人芸のような正確な採寸はできませんが、前述の通りざっくりで十分なのです。
そして、何より印象的なのは、彼らは「ウチの会社はプラス成長しかしない」と頑なに信じており、いかなる時でもこれを前提に考えるところ。会社の事業が傾き、縮小するなんてことはシステム上も一切想定していません。彼らの話を聞いていると、「後ろは振り向かず前に進むだけ」という、事業部門さながらの強い気持ちがうかがえます。
もちろん、テクノロジーの進化によってコンパクトになることはあります。彼らにとってシステムを小さくするとしたら、それは以前もご紹介した定期的な総入れ替えのタイミングなのです。
小川大地(おがわ・だいち)
日本ヒューレット・パッカード株式会社 仮想化・統合基盤テクノロジーエバンジェリスト。SANストレージの製品開発部門にてBCP/DRやデータベースバックアップに関するエンジニアリングを経験後、2006年より日本HPに入社。x86サーバー製品のプリセールス部門に所属し、WindowsやVMwareといったOS、仮想化レイヤーのソリューションアーキテクトを担当。2015年現在は、ハードウェアとソフトウェアの両方の知見を生かし、お客様の仮想化基盤やインフラ統合の導入プロジェクトをシステムデザインの視点から支援している。Microsoft MVPを5年連続、VMware vExpertを4年連続で個人受賞。
カバーエリアは、x86サーバー、仮想化基盤、インフラ統合(コンバージドインフラストラクチャ)、データセンターインフラ設計、サイジング、災害対策、Windows基盤、デスクトップ仮想化、シンクライアントソリューション。
小川氏の最新記事が読めるブログはこちら。
関連記事
- 第47回 単位の世界「テビ」と「テラ」 この違いを知ってますか?
ITインフラで最も重要になる「サイジング」。算出した数値のミスはトラブルを招きかねませんが、もっと注意しなければならないのが「単位」です。今回は表記が微妙に違う単位の“あるある”をご紹介します。 - 第36回 「要件適合表」の功罪
ユーザーは「より良いものを使いたい」、ベンダーは「より良いものを提供したい」と考えているはずですが、なかなかうまくいかないことも。その理由の一端が「要件適合表」という存在です。 - 第23回 あるSoftware-Defined商談の失敗例
SDSやNFVは破壊的イノベーション。日本のITマネージャーが頭を悩ませるTCOの削減、いや新しい価値の創造に貢献できる技術です。しかし現実は……? - テクノロジーエバンジェリスト 小川大地の「ここが変だよ!? 日本のITインフラ」 バックナンバーはこちら
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.