リモートワークをうまく運用できる組織の特徴は? DX調査にみる傾向:IT革命 2.0〜DX動向調査からインサイトを探る
今回の調査では、リモートワークの実施状況も調査しています。当初は2020年夏に東京で開催される予定の大規模イベント対策としてのリモートワークの進捗(しんちょく)を調べる目的でした。しかし、この調査はくしくも感染症の流行などの有事の対応能力を示すデータになりました。リモートワークが普及している企業はDXも進んでいることが分かりました。それには、ハードウェア環境以外にも理由があります。
本連載は筆者らが実施した従業員数1000人以上の日本企業におけるDXの実態調査(注1)の結果を基に日本企業のDXの現在地を探ってきました。前回まででDXに向けたPoCフェーズにとどまる日本企業が多いこと、現段階で財務的貢献と競争優位性においてDXの効果を実感できている企業がわずか13%であることなどを確認してきました。ただし状況は悲観的なものではなく、PoCにとどまる企業の一部が間もなく「デジタル導入企業」へのステップに踏み込もうとしていることも明らかになりました。
今回は昨今多くの企業が直面する大規模リモートワークへの対応状況を見ていきます。併せてDX進捗(しんちょく)の状況と組織内コミュニケーションの関係も見ていきます。
筆者紹介:清水 博(しみず ひろし)
デル株式会社 執行役員 戦略担当
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。
著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)がある。Amazonの「IT・情報社会」カテゴリーでベストセラー。この他、ZDNet Japanで「ひとり情シスの本当のところ」を連載。ハフポストでブログ連載中。
・Twitter: 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell
・Facebook:Dx動向調査&ひとり情シス
注1:「DX動向調査」(調査期間:2019年12月1〜31日、調査対象:従業員数1000人以上の企業、調査方法:オンラインアンケート、有効回答数:479件)。
リモートワーク実施状況調査の本来の趣旨と予想外の出来事
2019年末から流行の兆しを見せた「新型コロナウイルス感染症」。その後、日本国内でもり患者が出たことで多くの企業が在宅勤務を推奨するようになりました。この状況に一段と緊張感が増したのが、2020年2月26日に政府が発表した全国の小学校・中学校・高校への臨時休校の要請です。この発表を受けて、本校を執筆している現在も、企業のリモートワークの利用が拡大する状況があります。
しかしながら、小規模あるいは限定的な用途でのテレワークの経験はあるものの、大規模なリモートワークを経験したことのある企業はほとんどありません。急に大多数のリモートワークを受け入れる体制を構築するのは難しく、各地でさまざまな混乱が聞こえています。また、リモートワークはハードウェアの環境などだけではなく、就業規約などルール作りや教育なども必要です。これらの対策は一朝一夕にできるわけがありません。SNSをのぞけば、ノートPCやモニター、安定したVPN環境などの支給を求める声が多数挙げられています。
筆者らが今回の「DX動向調査」を実施したのは2019年12月末のことでした。日本ではまだ新型コロナウイルス感染症の騒動は起こっていない時期です。当初、DX動向調査にリモートワークの項目を入れたのは、近々東京で開催される国際的スポーツイベントに関連して、都心の混雑を緩和する狙いでテレワークを推奨する動きがあるからです。総務省が実施する「テレワーク・デイズ2019」では、2019年7月24日を「コア日」に設定、東京都内の企業を対象にテレワークの実施を呼びかけました。多くの観光客が集まる期間中は交通混雑が予想されます。通勤による人の移動を削減できるテレワークは混雑回避の切り札というわけです。先行する事例としては、同じスポーツイベントを開催した際に、英国ロンドンでは都心部の企業の約8割がテレワークに協力して、交通混雑を解消した実績がありましたから、日本の進捗状況を知りたいと考えたわけです。
旧来のシリコンバレーのIT企業は在宅ワークを主流すると聞いていましたが、最近の米国Tech系企業の中でリモートワークからの寄り戻しの動きもあり、イノベーションを狙うためには、同じ場所に集まってコミュニケーションの量を増やすことが大事だとする考え方も強くなっています。このような考え方が、これから日本企業にどのような影響を持っているのか知りたかったのです。
実施実績はあるが6割近くは大規模なリモートワーク運用を想定していない
今回の調査は従業員数1000人以上の企業を対象にしているので、何かしらの経験がある企業が多く93.7%の企業がリモートワークを実施していることが分かりました。
しかし今回の新型コロナウイルス感染症対策では、全体の約半数にあたる「一部限定的に利用」と回答した57.2%の企業で問題が生じている可能性があります。
厚生労働省による企業への時差通勤、テレワーク要請に続き、政府が全国の小学校、中学校、高等学校、特別支援学校に対して臨時休校の要請を出したことから、多くの企業がリモートワークを本格的に実施する必要に迫られ、急速に動き始めました。
子育て世帯の従業員にとっては子どもの世話が必要な場合もあるため、多くの情報システム部が翌日の朝から対応に追われたことでしょう。
そもそもリモートワークを一部で限定的に実施してきた企業では、社外で使うノートPCやPC環境などを提供したり準備していたりすることはありません。そのため会社にあるノートPCの持ち出し許可手続きを行うだけでも、情報システム部門の前に行列ができてしまったという話があります。またPCを持ち出せない場合、自宅の環境から仕事を続けるなど余儀なくされており、社員の対応は苦慮しているようです。
また外部にPCを持ち出せたとしても週明けにはVPNがパンクしてしまい、結局情シスの方は会社で対応をしたようです。
またハードウェア環境は何とかなったとしても、社外で使う場合の最低限のルールを急ごしらえで用意するなど、「一部限定的に利用」している企業は混乱の極みに陥ったと聞きます。
DXとリモートワークの関係は? 体験企業が発見した組織改善のヒント
調査ではリモートワークの実施状況をDXの進捗度合い別に、それぞれ「実施している」「一部を利用している」の割合を比較しました。その結果、大きな違いがあることが分かりました。DXが進捗している企業ほど、リモートワークが導入されていることが一目瞭然となる結果となりました。テレワークが浸透している組織は、DXを推進する企業風土や従業員のITリテラシーの高さ、ITの設備環境が充実しているのではないか、との仮説が立ちます。
「この会議は必要なのか?」日本企業が直面する問い
いざリモートワークが始まると、体験した方からはいろいろな声が聞こえてきます。「複数人でのWeb会議は音声が聞こえにくい」「直接顔を見ないと調子が出ない」といった環境の変化への戸惑いが各方面から聞こえてきます。
しかし、注目すべきは今回のリモートワーク対応の中で「緊急性のない会議が中止なった」「そもそも何の会議か考えるようになった」といった意見が出たことです。これだけ会議の意味が見直されるのは日本のビジネス界で初めてのことではないでしょうか。
感染症の問題はないに越したことがありません。筆者も一日も早い問題の終息を願ってやみません。しかし、この困難を皆が経験したことは、日本の企業がより強い組織に変わるきっかけになるのではないかと考えています。
リモートワークと親和性が高い1on1ミーティング、導入率とDX企業の関係
リモートワークでは「対多」のスタイルでのミーティングが難しいという意見がありました。Web会議ツールを使えばミーティング自体は実施できますが、相手がどうしているか、反応をつかみにくく、ともすると音声が届いていないのではないか、と不安になることもあります。
このような会議では、「こちらの声は聞こえていますかー」とか「何か意見あったらお願いします」と都度反応を求めることもよくあります。「反応がないからやりにくいな」などと声が聞こえてきます。そのため、リモートワークは、1対1の会議を基本とすべきという識者の方もいらっしゃいます。
DX動向調査で1on1ミーティングを実施しているかどうかの質問もしていたので、DX進捗が最も進んでいる「デジタルリーダー」企業と全体平均を比較しました。その結果、1on1ミーティングの実施に2.8倍という大きな違いが出ました。もともと1on1ミーティングを普段から実施している企業は、リモートワークにも適合しやすい組織運営ができている可能性がありそうです。
もちろんこの結果だけでは一概に1on1ミーティングやリモートワークがDXを進捗させると結論つけられません。しかしDXが進捗している企業では1on1でのコミュニケーションをはるかに多く実施しています。場所を選ばず実施できるリモートワークが充実している企業ということができると思います。
関連記事
- 44.1%の企業がDXのPoCフェーズ、日本企業は「DX夜明け前」なのか?
デジタルトランスフォーメーション(DX)の言葉が世に出てから6年ほどたちます。共通な認識を持つことが難しいこの言葉ですが、実際に従業員1000人以上の企業について実態を調査したところ、予想以上に変化の兆しが見えてきました。 - 日本企業は「組織全体」としてDXをどう見ているか、調査属性から探る
デジタルトランスフォーメーション(DX)は第4次産業革命と言われ注目度が高いキーワードです。IT部門や企画部門だけではなく、さまざまな部門から大きな関心が寄せられています。その空気感が伝わる調査結果を集めることができました。 - 「PoC貧乏」の実態が調査で明らかに 5年前にDXをスタートした企業の65%が「まだPoC未満」
デジタルトランスフォーメーション(DX)に早期に着手した企業に、時間の経過と共に困難が降りかかる状況が明らかになりました。PoCの認識も企業間で異なっており、もしかしたらDXをスタートする前から明暗が分かれ始めていたのかもしれません。 - あの時どうすればよかったのか? 今こそ振り返る20年前の「IT革命」
「IT革命」というコトバを同時代として知っている方は、ほろ苦い記憶があるではないでしょうか? しかし、もう一度振り返ることで、デジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みに変化が出るかもしれません。連載名「IT革命2.0」のタイトルに込めた思いをお伝えします。 - 「DXで競争優位を実現する企業」はわずか13.2% 日本企業の現在地点
1000人以上の従業員を抱える日本企業への調査から、デジタルトランスフォーメーション(DX)では投資対効果の評価に苦慮する企業が多いことが判明しました。併せてDXで財務的な貢献、競争優位を実現している企業はどの段階にいるのかも明らかになりました。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.