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東邦ガスグループが進めるAI導入 データとアナリティクスで業務はどう変わっているかすでに15%改善の効果も

東邦ガスグループがデータ活用、AI活用を進めている。AIを使った効率化の鍵を握る人物に話を聞いた。

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 東海3県を中心に事業展開する大手ガス会社の東邦ガス。その100%子会社で、東邦ガスグループの情報システム開発とITサービスを一手に担うのが東邦ガス情報システム(略称:TOGIS〈トージス〉)だ。樋口卓也氏と田村浩平氏が所属する企画部は、東邦ガスグループのデータ活用を推進している。

 樋口氏は、システムエンジニアとして東邦ガスの顧客管理システムを15年以上開発した後、2年前から企画グループ課長としてデジタル推進チームのリーダーを務める。田村氏は入社5年目で、3年間グループ会社の東邦ガスネットワークの緊急保安システムの開発を担当し、その後、企画部でデジタル業務の担当を務めている。


東邦ガス情報システム 企画部 企画グループ 課長 樋口卓也氏

東邦ガス情報システム 企画部 企画グループ 田村浩平氏

作業件数の適正化に向けてベテランのノウハウをデジタル化

 樋口氏は「長年、顧客情報管理システムを担当してきたため、東邦ガスが保有するデータの心臓部ともいえる顧客情報の詳細な内容を理解していることが、現在のデジタル化の推進にも役立っています」と語る。同氏はその経験を生かし、データ状況の可視化などにおいて現場スタッフが納得して業務を変革する提案を続けてきた。

 企画部が次にターゲットにしたのが、顧客先に訪問して「開栓」「閉栓」「修理」などを担う有資格技術者の適正配置という課題だ。

 ガスの開栓や閉栓、機器修理は、平日休日を問わず、顧客の申込みに応じて対応する。特に企業の入社や転勤、学生の引っ越しなどが集中する期末期初の3〜4月は休日の申し込みが増加する。

 技術者が不足すれば顧客を待たせることになり、逆に多すぎれば過剰な配置となってしまう。できるだけ過不足なく人数を確保可能な件数予測が求められた。


AI活用以前の要員調整フロー(出典:TOGIS提供資料)

要員予測へのAI適用はデータと現場のノウハウのつなぎ込み

 従来、東邦ガスでは件数予測は次のように行っていた。

 まず、顧客情報管理システムから数十万件のデータをダウンロードし、それを表計算ソフトに読み込んで、過去の実績データを参考に今年の数値を当て込んでいく。担当者の経験と勘が頼りの世界だった。

 だが人間による予測では、どうしても予想と実績にギャップが生じ、効率化できずにいた。さらに予測作業の属人化も問題となりつつあった。

 そこで、件数の予測にAI(人工知能)を利用して予測の精度と再現性の向上を目指すプロジェクトが始動した。今回のプロジェクトは企画グループが主導し、樋口氏、田村氏を含む3人が参加し、樋口氏がリーダーを務めた。

 東邦ガスでは、先端技術の検証および導入を技術研究所が担っている。AIのモデル構築および運用管理ツールである「DataRobot」も、技術研究所ですでに契約し、使い方をマスターしていた。企画グループでは、研究所からの支援を受けながら、DataRobotを用いた件数予測モデルの開発に着手した。

 AIモデル構築のツールとしてDataRobotを選んだ理由を、樋口氏は次のように語る。

 「以前は、AIのプログラミングはPythonを直接書く必要がありました。その手間と比べて、DataRobotを使えばデータを入力するだけで最適なモデルの候補を絞り込んでくれるため、素早くモデルを作成できます。インタフェースがシンプルで分かりやすいことも魅力でした」


DataRobotを使った要員調整フロー(出典:TOGIS提供資料)

データ活用の目標=ブレない「灯台」を立てる

 AI化のプロジェクトは2022年7月から開始。ガス会社の繁忙期が始まる同年12月末には稼働にこぎ着けた。

 おおよその目標として6カ月程度で完成することを目指していたものの、アジャイルに改善を繰り返す形をとったため、詳細のスケジュールを立てずに進めていった。結果的に、予想通り約6カ月でモデルの構築と評価までを終えた。「東邦ガスの現場スタッフや技術研究所を含むプロジェクト内の理解や協力がスムーズであったこともあり、想定よりも早く実現した」と樋口氏は感想を述べる。

 データ分析プロジェクトは、最初の状況調査に長い時間を要するのが常である。現場スタッフと議論を重ね、業務フローを確認して課題を明らかにする部分に多くの時間を必要とする。

 また、AIで分析を行う場合、カギを握るのは、機械学習にかけるデータの何を「特徴量」とするかである。企画グループがまず仮説を作り、それが正しいかどうかの検証を現場スタッフと詰めていった。

 「データ分析は、無計画に進めると全く関係ない方向に流れていってしまいます。そのため、最初に目標地点を“灯台”として立てることが非常に重要だということを、技術研究所の研修を受けていたときに学びました。そこで、最初の1〜2カ月は現場スタッフと、過去のデータを見ながらどういう周期性があるか、特徴量の変化にどういう仮説があるかを話し合うことで、何を目標にするかを決めていきました」(樋口氏)

 並行して、データをDataRobotに入力するための整形と準備を進めた。データ分析の目標とデータがある程度整ったところで、DataRobotで結果を出してみると、これはいけると感じる手応えがあった。

 「開始してから3カ月ほどで、モデルと結果を評価する段階まで進められました。早い段階で検討対象を絞り込めたことで、残りの期間で調整を進められたため良い結果につながったと思います」(田村氏)


特徴量の抽出(出典:TOGIS提供資料)

余剰配置15%削減を実現

 今回の件数予測ではどんなデータを基に分析しているのだろうか。

 前年の同じ日、同じ月と曜日の日の作業件数は、今年の予測をする上で有効なデータの1つだ。ただし、単純に日付を1年ずらせば前年のデータが使えるわけではない。

 「例えばゴールデンウイークの日付や曜日を調べると、今年の5月1日は去年の何日に当たるかは、連休全体の休みの並びを見ないと分かりません。前年同日のマッピングは、全て自動的にできないところもあります」(田村氏)

 その他の複数の因子を検討して結果と照合すると、結局前年同日のマッピングを行った1年前の作業件数が最も実績値と合致することが分かった。転勤や学校への入学など、引っ越しの際のガスの開栓は、月末月初、期末期初に固まる傾向が強い。1年前だけでなく、2年前の作業件数も相関が強い。最初にシミュレーションした結果は、日によってかなり実績値とずれているところもあったが、調整を加えて精度を上げた。

 当初目標としていたのは人による予測と比較して10%程度の余剰配置の削減だったが、調整を重ね、AIによる予測の精度を高めた結果、最終的に15%まで削減できた。

 「ただし、本プロジェクトは余剰配置の削減が目的ではなく、適正配置によるお客さまサービスの向上が目的です。余ったリソースを他のお客さまの多様なニーズにお応えし、暮らしを支えるサービスの提供につなげていけると考えています」(樋口氏)


予測精度の評価(出典:TOGIS提供資料)

 前年の日付や季節性など、今回予測に用いている特徴量は、個別に捉えるとどれも納得しやすい項目であり、逆にいうと突飛(とっぴ)なものはない。それらを単純にルールベースで判定するのでなく、AIによる分析を行っている理由は何だろうか。樋口氏はこう答える。

 「確かに特徴量を個別に見ると当たり前に見える項目がほとんどです。しかしそれらの種類が多いため、ルールベースの調整では結果が硬直化してしまいます。175万件のガス顧客に対する作業の結果を機械的に判定するだけでは、さじ加減ができません。AIモデルを活用し、状況に応じた柔軟で最適な判定を目指しています」


マッピングによる誤差チューニングも検討(出典:TOGIS提供資料)

 現在のところ、年間数日存在する「特異日」については精度の面で課題を残しているものの、AIによる予測はおおむね満足できる結果が出た。AIのモデルが陳腐化しないようにする再学習は、半年に一度をめどに、企画グループの樋口氏を中心とした3人のチームで行っていく。

 「今後は、LPG(プロパンガス)を扱うグループ会社など、同様なリソース配分の課題を抱える東邦ガスグループ企業にも、AIによる最適化を進めていきたいと考えています」と樋口氏は語る。

 「今回は作業件数予測でしたが、それ以外の部分でもAIの利用余地はあると思います。テーマによって分析モデルは一から作りますが、AI導入と運用のプロセスは今回のプロジェクトでひな型ができました」

 樋口氏は「データ活用が進んでいる製造業などと比べて、インフラ系企業の当社グループはデータ活用の余地が多いと感じています。さらなるデータ活用を通じてグループ全体のDXに貢献して行きたいと考えています」と話す。AIの可能性を探り、現場視点の課題解決策を生み出すTOGISの挑戦はこれからも続く。

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