世界標準 vs. 日本固有ニーズ Japan IT Weekに見た「中堅・中小向けERPの動向」
中堅・中小企業企業向けの基幹業務システムはどんな状況にあるか。その実態を探るため「Japan IT Week 春」を取材した。SAPが中堅・中小企業企業へのアプローチを強化しているのに対し、国産ERPベンダーはそれをどう迎え撃つのか。
「Japan IT Week」は、企業向けのITソリューションを幅広く展示、紹介するIT関係者向けのイベントだ。入場は無料で、出展ベンダーが取引先を開拓し、商談を進める目的で開催されている。ビジネス課題に直結したソリューションが展示されるため、企業とITの実態をつかむことができる。
広い会場は業務システム、セキュリティ、マーケティングなど分野別にブロックが分かれており、それぞれのブースでは来場者を呼び込んで自社のソリューションを紹介するプレゼンテーションが実施された。
本稿ではERPベンダーの動向を中心にまとめる。SAPが中堅・中小企業企業へのアプローチを強化しているのに対し、国産ERPベンダーはそれをどう迎え撃つのか。
SAPは中堅・中小市場をどう見ている?
イベント全体としては、中堅・中小企業向けのERPを提供するベンダーの出展が目立ったが、世界大手のERPベンダーであるSAP(SAPジャパン)も比較的大きなブースを構えていた。
その理由の一つは、SAPが大手だけでなく中堅・中小企業へのアプローチも強化しているためだ。オンプレミス版のERP「SAP ECC6.0」のサポート期限が2027年に控えており、顧客に対してクラウドで動く「SAP S/4HANA Cloud」への移行を推進している。SAP S/4HANA CloudはPrivate Edition、Public Edition(SaaS)の2種類をラインアップしているが、SAPでは基本的にはPublic Editionの導入を推奨している。
これまで大企業ではPrivate Editionを選択するケースが多かったが、SAPはPublic Editionへの投資を進めており、機能を充実させたことで採用が増えているという。
逆に中堅以下の企業に対しては、SAP製品は機能が豊富すぎて使いこなせないなど、ハードルが高いイメージがあった。そのためSAPでも中堅・中小企業向けに価格と機能を抑えたERPパッケージを展開していたが、現在は、企業規模を問わずPublic Editionを提案しているという。
この製品戦略に合わせ、SAPジャパンではS/4HANA Cloudの市場拡大を図るため、2024年から中堅・中小企業企業向けの交通広告などを展開している。その効果もあり、同社ブースの担当者によれば、「SAPのERPは中堅企業でも使えると聞いたけど……」と話してかけてくる企業もあったそうだ。通常に比べて新規の相談が目立ったという。
「SAPは会計以外の機能も豊富で、1つの製品でさまざまな業務を選べる点が特徴」(SAPジャパン担当者)。実際に、来場者の半数は会計以外の業務プロセスに関心を示していたとのことだ。
国産ERPベンダーの動向と強み
会場では国産ERPベンダーも多数ブースを構えていた。ERP最大手のSAPが中堅・中小企業企業にも触手を伸ばす中、従来この市場で優位を保ってきた国産ERPベンダーはどう迎え撃つのか。幾つかの企業に聞いた。
業界特化型ERPでコアな顧客を抱え込む
オロは、広告業界、ITサービス業界向けの基幹業務管理システム「ZAC」を提供し、導入企業は1000社以上だ。サービス業で特に重要な人員の労務費管理とスケジュール、プロジェクト管理を連動させる機能が強みだ。汎用(はんよう)ERPでは作り込みが必要になるこれらの機能を標準で提供することで、ターゲットとする業界で支持を広げている。
また、ZACはERPを謳いながら、会計の機能を持たない点もユニークだ。上流では顧客管理(CRM)とつなぎ、ZACを中心に下流の会計システムと連携させることで、業務が完結する。特に会計システムは「奉行シリーズ」を提供するOBCとの協業を強化しており、チームを組んで営業し、導入を進める。またオロの社内では、CRMに「HubSpot」を使用しており、顧客にもHubSpotとの連携を提案している。
「ERPといっても定義はいろいろで、得意領域を組み合わせて使えるのがSaaSのメリットだと感じている」とオロの担当者は話す。
近年、ERPの機能を独立性の高い小さな機能単位であるマイクロサービスで構成する「コンポーザブルERP」というコンセプトが注目を集めるようになった。このアプローチでは、企業のビジネスにおける非競争領域においては汎用的なサービスを導入し、競争領域においては独自性の高いシステムを構築することで、他社との差別化を図る。単一の製品で広範な機能を提供することを特徴としてきた従来のSAP ERPとは、基本的なアプローチが異なるといえる。
顧客の商材のサブスクリプション採用が進んでいるため、同社は目下、在庫や月額課金の管理といった商品管理機能を強化しているという。
バックオフィス業務をクラウドで統合
中堅・中小企業向け会計、人事ソフトの導入を得意とするミロク情報サービス(MJS)は、ソフトウェアのクラウド化と周辺業務の機能追加を進めている。
特に中堅以下の企業では、バックオフィス業務の担当人員不足が深刻化しているにもかかわらず、会計や人事の業務は複雑化が進んでいる。また、インボイス制度、電子帳簿保存法(以下、電帳法)など法制度対応やセキュリティ対策など業務が増えている。
この課題に対してMJSでは、中堅企業向けERPの「Galileopt DX」の業務モジュールを中心に、周辺機能も連携させて基幹業務をフルカバーする製品ラインアップをそろえている。「業務時間の大幅削減をアピールし、バックオフィス業務全体のDXにつなげていきたい」とMJSの担当者は語る。ターゲットは、おおむね従業員数1000人以下の企業としている。別途、売り上げ1億円未満の小規模企業向けにもパッケージ製品を用意している。
「新リース会計」の開始に照準
こちらも国産ERP大手の一角であるOBCは、SaaS型の業務アプリケーション「奉行クラウド」シリーズを提供している。メインターゲットは従業員数20〜300人程度の中堅・中小企業企業だが、大企業のグループ会社からも、本社とは別の小回りが効く業務システムとしてのニーズが高いという。
「中堅・中小企業企業は、ここ数年の人手不足によって、業務の標準化と属人化の排除が喫緊の課題となっている。その結果、SaaSを業務で利用することに抵抗がなくなり、当社も積極的に提案できるようになった」と同社の担当者は語る。会場でもクラウド製品を全面に押し出してアピールしていた。
またクラウドの場合、導入時は低コストでも機能を追加していくとサブスクリプションの費用がかさんでくる。これは中堅・中小企業企業にとってシビアな問題だが、同社は顧客の事業年度はじめにサブスクリプションの費用を提示することで透明性を打ち出す。
同社が特に注力するのは、法令へのいち早い対応だ。インボイス制度、電帳法への対応が一巡し、現在のテーマは2027年からの強制適用が決まった新リース会計基準への対応だ。「当社の『奉行vERPクラウド』製品は、アップグレードで新リース会計基準に対応することを伝えている。まだ顧客の関心は低いが、オンラインセミナーなどで情報を提供して意識を醸成していきたい」(同社の担当者)
グローバル vs ローカル、高機能 vs 特化型か
SAPがグローバルスタンダードの機能性とクラウドを武器に、中堅・中小企業市場へ積極的にアプローチしているのに対し、国産ベンダーは、特定の業界に特化した深い業務知識や、細やかなサポート、日本の法制度への迅速な対応といった強みを生かして迎え撃つ構図であった。
「基幹業務とは何か」という定義自体が企業によって異なるため、自社に最適なツールを選択するのはますます難しくなっている。このような展示会で国内外の情報を収集してみることは、オンラインでは見つからない解決のヒントに出会うきっかけになるかもしれない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

